海と山を結blog☆


山は海に流れ流れて、海は山に降りそそぐ。全てのいのちはめぐりめぐる。
by kohtaboy_gabihan
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from 辺野古と高江に軍事基地は作ら..
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祝島探訪記 ~その1~

 祝島に行ってから、はや一月経ってしまいました。記憶が薄れてしまう前に早く書かねばと思ってはいたのですが、日々の仕事に追われてなかなか書く時間がとれず、結局今さらの投稿になってしまいました。毎度のことながら、すみません・・・。今日は祝島探訪記その1を書きます。

 祝島へは大阪から夜行バスに乗り、岩国経由で行きました。祝島行きの定期船に乗るため、岩国でバスから電車に乗り換えて柳井港の駅まで行くのですが、岩国駅を出発してしばらくすると、見覚えのあるフェンスが僕の目に飛び込んできました。その先に目をやると、そこにはびっくりするくらい広大な米軍基地が広がっており、僕はすぐに嘉手納基地を連想しました。

 そんな岩国基地に打ちのめされていると、まもなく柳井港の駅に着き、そこから定期船「いわい」に乗船していよいよ祝島へ。上関原発が造られようとしている長島に沿って行くこと約1時間。目の前に、昨年「祝の島」を観てからずっと行きたいと思っていた祝島が姿を現しました。

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(田の浦から臨む祝島)

 昨年スクリーンで見た祝島は、「やっぱり小さな島なんだなぁ~」という印象でしたが(スクリーンだから、そりゃ当然か)、実際の祝島を見た時、「意外にでかっ!」と思いました。山が海から突き出したような島は周囲12kmだそうですが、それよりも大きく見えました。

 そして港に着くと、島の人達が他の乗船客の迎えに来ていました。僕は宿の人に何時の便で行くかは伝えていなかったので、とりあえず港周辺でまったりしようと思い歩き出した時、突然ニット帽を被ったおじさんに僕の名前を呼ばれびっくり!「え!なんで知ってるの?」と思ったら、その人が今回僕がお世話になった宿のご主人でした。おじさん曰く、「あなたの恰好を見て、すぐわかったよ」。確かにバックパッカーは、僕だけだったけど・・・。それが3日間の「不思議の島」の始まりでした。

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(祝島の港)

 宿のおじさんと一緒に、その宿で泊まっていた女性のお客さんも僕を迎えに来てくれていました。その人はポーランド人の男性と結婚し、現在ニューヨークに住んでいるのですが、僕と同じように「祝の島」に感動して、今回5日間祝島に滞在したということでした。

 波止場から宿のご主人とその女性と3人で宿に行き、荷物を置いてしばらくしゃべった後、昼ごはんを食べに、島唯一の喫茶店へ行きました。その喫茶は自宅の一部を店に改装した所で、10人も入ればぎゅうぎゅう詰めになってしまうような狭さですが、とても雰囲気のいい所で、料理もおいしかった!(滞在中はずっとそこで昼食を食べました。)

 昼ごはんを食べ終わった後、5日間滞在された女性が昼の便で祝島を発つというので、おじさんと一緒に僕も港まで見送りに行きました。その時僕がおじさんに「田の浦はどの辺ですか?」と尋ねると、おじさんは「あそこだよ」と言って、東の方角を指差しました。その指の先をたどっていくと、そこには山の斜面が大きく切り崩された田の浦海岸がありました。

 田の浦は祝島から約4km離れていますが、実際に見ると、もっと近いように感じました。祝島からでも肉眼で、土砂に被せられた青いビニールシートなどがはっきりと見えます。「あんな所に原発が2つもできるとなったら、そりゃ誰だって反対するでしょ!」と思わずにはいられませんでした。
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(祝島から臨む田の浦海岸)

 その2へ続く…
 
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# by kohtaboy_gabihan | 2012-04-13 15:30 | 祝島

原発と桜


今日は3日間楽しんだ祝島に別れを告げ、祝島の対岸に位置する、上関原発予定地の田の浦に行ってきました。

長島の四代(しだい)という集落から、とぼとぼ歩くこと約1時間。田の浦へと続く道では、中国電力に雇われている警備員達が監視しており、「ここから先は行けません。」と言われるのかと思いきや、「ここから先は道が狭くなってますので、車に気を付けて行って下さい」と言われ、ビックリ!警備員さん達もほとんど人も車も通らない所で、1日中監視をしているわけだから、人との交流に飢えているのかなと思い、こちらも「ありがとうございます」と答えました。そこには原発建設を巡る緊張感は全くありませんでした。

中国電力が掲げた、「田の浦海岸に立ち入った者は厳しく処罰します。」の看板をいくつも通りすぎながら進んでいき、やがて田の浦海岸に下りていく山道に入ると、突如としてフェンスが現れてきました。

まるで、どこかの南の島で見たのと全く同じ景色。(でも、有刺鉄線じゃないだけマシ!?逆にこっちは電気柵かも…)

そして、いよいよ海岸に下りると、そこには原発のために崩された土地がどーんと広がり、「やっぱりどこかの南の島と同じだー」と思いました。

まだ建築資材は何も置かれていませんでしたが、大きく崩された山のダメージは山だけでなく、海の生態系にも大ダメージを与え、もうこの山は決して元には戻らないことを思うと、ここまで工事が進められてしまったことをただ悔やむばかりです。

海辺で一休みしようと、海に近づいていくと直ちにスピーカーから、「海岸は中国電力の土地なので、立ち入ると処罰します」の機械的アナウンスが流れ、追い出されるように田の浦海岸を後にしました。

その帰り道、ふと脇を見ると、山桜がもうすぐ花を咲かさんとばかりに蕾を大きくしていました。その桜はフェンスの外側にあるので、もし原発ができたとしても、切られることはありません。

ふと想像してみました。原発の横に咲く桜を。果たしてそれをきれいと思えるだろうか…

その画を想像しただけで、ゾッとしました。

しかし、今の日本は少なからず放射能に汚染された桜を愛でる時代に突入してしまいました。今年もたくさんの人が花見をすることでしょう。

原発と桜。どう考えても調和しません。あまりに不自然な組み合わせです。でも、原発が必要という状況がこれからも続くなら、原発と桜の景色はいつしか「日本人の心の風景」と捉えられてしまうかもしれません。

人間の感性が腐ってしまわぬうちに、きれいなものがきれいなものと一緒に寄り添える世の中にしていかなきゃいけない!!、と感じた祝島2泊3日の旅でした。

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※他にも書きたいことやアップしたい写真があるのですが、携帯ではできないので、また地元に戻ってから、祝島旅行記を掲載しますので、お楽しみに♪
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# by kohtaboy_gabihan | 2012-03-28 21:14 | 祝島

不思議の島

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祝島上陸2日目。

昨日は島の南を歩いて親子3代でつくり上げたという平さんの棚田を見に行き、今日は島の北をゆったりと歩いてきました。

島の北側は不思議なオーラに包まれていました。かつての石垣の棚田や農作業小屋は草木に覆われ、林道の脇には巨石が横たわり、まるで古代遺跡の中を歩いているような感じに囚われていると、道端に桜が一株だけ満開に咲き誇っていて、さらに不思議感が深まりました。(でも、全部が廃墟と化してるわけではなく、みかん畑やびわ畑もありますよ。)

そして、山道から海辺に下りると、休耕田に放牧された豚たちがブヒブヒ鳴きながら、餌を食べたり、寝転んでいたり…

人も動物ものどかな、そんな島。小さな島で特にやることもなかったので、2日もいたら飽きてしまうだろうと思っていたましたが、実際に来てみると、もっといたいと思うくらい魅力的な島です。
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# by kohtaboy_gabihan | 2012-03-28 00:08 | 祝島

祝の島から…

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今日、山口県の祝島にやってきました!

去年地元で上映した『祝の島』で見た島のイメージよりも、実際に見る島は大きく、山の斜面には、石垣で作られた、びわやみかん畑が広がっています。

祝島の集落はどことなく沖縄に似ていて、小さい島ならではの、ゆったりした時間が流れ、島の人達も穏やかに暮らしています。

そして、島の集落からは、原発建設予定地の田の浦が肉眼でもはっきりと見えます。

やはり、誰だって自分の住んでる土地の目の前に原発が造られるとなったら、反対します。祝島の人達は当たり前のことを主張しているだけです。ただ、それを40年以上も続けているというのはすごいとしか言いようがありません。

中国電力は今も原発を造る気でいるようですが、そんな浅はかな野望は、決して祝島の人達の生きる強い力を打ち破ることなどできないでしょう。
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# by kohtaboy_gabihan | 2012-03-26 16:41 | 祝島

沖縄は怒る!

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ただいま沖縄県庁前広場にて、田中元防衛局長発言を受けての辺野古基地建設断念を求める抗議集会を行っています。

田中発言の混乱は本土でも報じられましたが、沖縄ではまだまだ問題は終わっていません。沖縄の人々は、政府が辺野古移設を断念するまで問題は解決しないことを知っています。だから、上部だけの解決を目論む政府に怒るのです。
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# by kohtaboy_gabihan | 2011-12-10 16:22 | 高江座り込み