海と山を結blog☆


山は海に流れ流れて、海は山に降りそそぐ。全てのいのちはめぐりめぐる。
by kohtaboy_gabihan
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憲法と安保
from 辺野古と高江に軍事基地は作ら..
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カテゴリ:ウチナーとヤマト( 6 )


ナゴンチュの苦悩

 この前、バイト先のステーキハウスで仲間2人とまかないを食べていた時のこと。1人はナゴンチュ(名護の人)で、もう1人は大宜味村の人だった。

 突然、大宜味の方が基地問題の話を持ち出し、「結局、辺野古の海を埋め立てるんでしょ?」と僕に聞いてきた。

 僕は、「鳩山が変なこと言ってるね。でも、今の状況じゃ無理だと思うよ。」と答え、もし辺野古の海を埋め立てることになったら、ダンプ約250万台分の土砂が必要になること、その土砂を沖縄近海から採取すること、さらに今度沖縄に配備予定の「オスプレイ」は今のヘリよりも数倍大きく、墜落事故を何度も起こした欠陥機であることを説明すると、彼はとても驚いた表情をしていた。

 すると、ナゴンチュの社員が口を開き、「基地反対って言ってるけど、実際基地関連の仕事をしている人は大勢いるわけだから、沖縄県民全員にアンケート調査したら、基地を受け入れるっていう人の方が多いと思うよ。それに、4月の県民大会だって、動員された人も大勢いたはずだ。」と言った。

 いきなりそんなことを言われ、たじろいだが、それは違うと思い、「確かに動員された人もいたかもしれないけど、それ以上に子供を連れて家族ぐるみで参加してる人達がたくさんいたよ」と、反論した。

 それに対し、彼は「でも、稲嶺さんが市長になってから、名護の土建屋はみんな苦しくなったって言ってるよ」と言った。

 確かにそうだろう。基地建設で儲けようとしていた土建屋は稲嶺市長が誕生したことで、そのお金が飛んで行ってしまったのだから。

 さらに彼は言う。「前の島袋市長はよかった」。

 なんでかと聞くと、彼の知り合いが島袋前市長の秘書をしていて、その知り合いが友達とパーティーを企画した時に前市長がお金を出してくれたからだ、と言う。

 前の市長は基地を受け入れることで、政府から多額のお金を得ていたんだから、お金の羽振りはよかったはずだ。その話を聞いて、名護市長選の時に島袋前市長が飲み屋街で若い人達におごって、支持を集めていたという噂がおそらく本当だったんだろうなと思った。人間はなんてお金に弱いんだろう・・・

 その彼の言ったことに対し、僕は「何度か名護市議会に行ったことがあるけど、前の島袋市長は全然自分の考えがない人だったよ。質問されると、いつも隣の副市長に訊いていたし、もう1人の副市長はいつも寝ていたし。副市長が2人いたのも、基地交付金で置いていたんだから」と返した。

 それにしても、彼がなんでそんなことを言うんだろうと思っていたら、彼は名護市の安和(あわ)という地区に住んでいて、そこには大きなセメント工場があり、一時はその工場のおかげで安和地区はかなり潤っていたという。そして、彼の父親も採石工場で働いていて、基地建設の仕事がなくなったのは大きな痛手だったようだ (しかし、今はその仕事が再び舞い戻ってきそうだけど)。

 やはり、ここにも基地の闇が入り込んでいた。

 しばらくの沈黙が続いた後、彼は諦めたような口調でこう言い放った。

 「もう安和の海を埋め立てて基地を造ればいいのに」

 その言葉に対し、僕は何と答えたらいいのかわからなかった。

 戦争には反対だけど、基地には反対できない。ウチナー(沖縄)の苦悩が滲み出ていた。14年間も基地に翻弄され続けたナゴンチュの苦悩はいまだ癒されない。

 それどころか、日米両政府はまだ苦しめようとしている。しかし、日本やアメリカ政府だけでなく、本土から来た自分も目の前にいるナゴンチュを苦しめていることを思い知らされた。

 「戦争も反対、基地も反対」

 僕ら本土の人間は当たり前に言えるけど、沖縄の人々は簡単に言うことができない。

 沖縄の人々が何の気兼ねもなくそう言えるように、本土の人達がもっと沖縄に歩み寄らなきゃいけないと思わされた会話だった。
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やはり、この海を埋め立てるわけにはいかない。
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by kohtaboy_gabihan | 2010-06-02 12:53 | ウチナーとヤマト

無意識の沖縄差別

 5月4日に鳩山首相が沖縄にやってきて普天間基地の「県内移設」を表明してから、沖縄では「沖縄差別」という言葉が盛んに言われ始めています。
 
 「県外移設」を約束して政権を獲得したはずなのに、政権交代後、「なぜ沖縄に基地がなければいけないのか?」「なんで抑止力が必要なのか?」といったことを全く検証しないままに、小手先だけの「移設先」探しを続け、最終的に米国の言うがままに「県内移設」を表明したのは、「沖縄差別」以外の何ものでもありません。

 先日、『基地拒む県外に「人類館」重ね 劇団「創造」元代表の内間さん』(琉球新報 5/15)の記事を読んで、昨秋辺野古のおばあに「長野にも空港があるなら、長野に基地をもって行ったらいいさー」と言われた時のことを思い出しました(『おばあとの会話』11/17)。

 沖縄の人々が叫ぶ「県外移設」と、大和の人々が叫ぶ「県外移設」には決定的な違いがあります。

 それは、大和の人々は沖縄の「県外移設」の思いに連帯し、一緒に「県外移設」を求めつつも、みんな「自分のところには来てくれるな」と思っているということです。もちろん自分も例外ではありません。

 「きっとどこかの地域が受け入れてくれるはず」

 みんなそれを期待しながら「県外移設」を叫んだけれど、結局「受け入れます」というところは日本全国どこにもありませんでした。その結果、「やっぱり辺野古で・・・」という最悪の結末を引き出してしまいました。

 沖縄を差別しているのは、「県内移設」を表明した鳩山首相や彼に群がる政治家・官僚達だけなのでしょうか?

 沖縄の思いに共感して「県外移設」を叫びつつも、「基地誘致運動」をしてこなかった僕を含む本土の人間も、やはり無意識のうちに沖縄を差別していたのではないかと思います。

 「長野に基地をもって行ったらいいさー」と言われた時、自分の中にあった矛盾に気付き、「長野に戻って基地の誘致活動をやった方が沖縄の負担軽減になるんじゃないか」と思いましたが、結局できませんでした。

 差別というのは、意識してするだけが差別ではありません。「県内移設」を表明した政府(国)を構成している僕達が、「あれは政府が勝手に決めたことだから、俺には関係ない」、と問題から逃げようとするのも、やはり沖縄に対する差別だ、と僕は思います。

 普天間問題は、「日本の問題」であり、「僕達一人一人の問題」です。日本という国を構成している一国民である限り、「無関心」を装うことはできても「無関係」ではいられません。

 「県外移設」や「無関心」の中に潜む「無意識の沖縄差別」に、大和の側がどれだけ気付くことができるのでしょうか?多くの人が気付くような働きかけも必要だと思います。

 先ほど紹介した記事の中で内間さんはこう言っています。

 (普天間問題について)「全国のヤマトゥンチュは自分の問題ととらえていない。だから基地の受け入れ運動が起きない。それは沖縄への大きな差別。自分の中の差別に気付くかどうかで、この問題への認識や生き方に隔絶の差が出る」。

 僕達は今、この普天間問題を通して一つのことが問われていると思います。

 「沖縄は本当に『日本』なのか?」

 沖縄がこれ以上日米の「軍事植民地」にならないよう、これから本土の側は「県外移設」を叫ぶのではなく、「国外移設」もしくは「無条件返還」を叫ぶべきです。

 最初、普天間問題は普天間基地「移設」問題ではなく、普天間基地「返還」問題として捉えられていました。それがいつの間にか、日米両政府の企みにより、「移設」問題へとすり替えられました。

 今一度、普天間基地問題の原点に立ち返るとともに、「無意識の沖縄差別」を克服しなければいけません。

 「日本の問題」である普天間問題は、沖縄の力だけではなかなか解決できません。日本全国の力が必要です!!

※こちらの記事も一読してください。

 『[安保の歪み]解消されない不公平 県民に「悔しい思い」』(沖縄タイムス社説 5/30)

 


 
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by kohtaboy_gabihan | 2010-05-31 13:46 | ウチナーとヤマト

戦争を生き抜いたおばあの思い

 辺野古のテント村には、沖縄各地からおじい、おばあ達が定期的にやってきて、一緒に座り込みに参加しています。

 昨日は、月に1度来られる、うるま市のおばあ達がやってきて、戦争中サイパンにいたというおばあの話を聞きました。

 昔、沖縄からは多くの人が出稼ぎのために海外へ渡りました。そして、サイパンにも多くのウチナーンチュ(沖縄人)が移り住み、製糖工場で働いていたそうです。

 当時、サイパンには大きな製糖工場があり、そこで働いていた人達はそれなりに裕福な生活ができていたそうです。

 しかし、戦争の足音が近くなってくると、日本軍がやってきて、「大日本帝国を守る」という大義のもと、軍事基地を次々と造っていったそうです。

 そして、いざ戦争が始まると、サイパンは日本軍の基地があるために、集中的に狙われ、「爆弾が雨のように降ってきた」、と言っていました。

 食べるものも飲むものもなくなり、人々はさとうきびをかじって、飢えをしのいでいたそうです。しかし、それを知ったアメリカ軍は、さとうきびを燃やし始め、さらに苦しい思いをさせられたと、おばあは語っていました。

 昼間は出歩けないから防空壕に身を隠し、夜、外に出て飲み水を探していたそうです。泥水でしたが、それでも飲めるだけましだと思い、泥をよけて飲んでいたそうです。しかし、明るい時にその場所を訪れてみたら、そこには多くの死体が転がっていた、と言っていました。

 また、山に登って、そこから海を眺めたら、アメリカ軍の艦船が海を埋め尽くすほどあった、という話も聞きました。

 しかし、日本軍が戦争に負けたという話を聞いた後も、誰も日本軍が負けたのだと信じることはできなかったそうです。それだけ日本軍は強い軍隊だと思い込まされていたんだ、と言っていました。

 辺野古のきれいな海を眺めながら、おばあの話を聞いていると、「ほんとにそんなことがあったのか」、と思ってしまいますが、そうした戦争が、沖縄で訓練を積んだ兵士によって、他の国で今も行われていることを思うと、「やっぱり、基地はいらない!」と、強く感じます。

 そのおばあは、「サイパンは軍事基地があったから狙われたさー。だから、辺野古の基地建設にも反対するわけさー」と、辺野古の海を見つめながら言っていました。

 戦争を経験した世代の人達はだんだん少なくなっていますが、だからこそ、おじい、おばあの戦争体験の話を後世にしっかりと伝えて、戦争を知らない自分達が、戦争の実態を「想像力」で知るようにしなければ、戦争をなくしていくことは非常に難しいと、おばあの話を聞いて思いました。

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 毎月座り込みに参加してくれるおばあたち
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by kohtaboy_gabihan | 2010-01-08 22:00 | ウチナーとヤマト

反戦地主の闘い

 先日、沖縄県土地収用委員会の公開審理が浦添市にて行われ、それを傍聴しに行ってきました。

 事前勉強をせずに行ったので、ちゃんと理解できませんでしたが、反戦地主が米軍基地内に所有している土地を、沖縄防衛局は合法的に土地収用するために契約を結ぼう(結ばせよう)と画策してきています。

 多くの地主達は、防衛局の圧力によって契約を結ばされてしまいましたが、未だに契約を拒否し続け、米軍から自分達の土地を取り戻そうとしている地主達もいます。

 契約を拒否している地主達の土地を、最終的に防衛局は「強制収用」という形で接収し、米軍に提供し続けているのです。

 この土地契約は5年ごとに更新されるらしく、それらの未契約土地の収用に関して、県の土地収用委員会が防衛局と反戦地主、双方の意見を聞きながら審議するというのが、今回の公開審理でした。

 午後1時半から4時まで行われましたが、反戦地主の質問に対し、防衛局はいつものように歯切れの悪い回答ばかりを繰り返していました。防衛局が現場に送り込むのは、いつも下っ端の権限のない人達です。話し合いをする前に、こうした組織の在り方が、すでに問題なのです。

 しかし、それでも必死に自分達の土地を取り戻そうとする反戦地主のおじいたちを見て、「沖縄の人達は、あまりに重たい十字架を背負わされてしまっている」と、思いました。

 先祖代々受け継がれてきた土地を取り戻すために、これまで60年以上も闘い続けるというのは、大変なことです。お墓が米軍基地内にあるために、先祖の墓参りすらできないという人達もいます。そうさせてきたのが、アメリカ政府であり、日本政府であり、それを構成している自分達、国民のはずです。

 また、「なんで、この場に米軍はいないんだろうか?」と、感じました。

 土地を使っているのは、日本の自衛隊ではなく、米軍です。ならば、土地の契約に関しては、米軍が出てきて、話し合いに応じるというのが筋です。

 なのに、米軍はその場にいない。離れた場所で、ほくそ笑んで見ているのだろうか。

 「米軍基地の使用を日本政府が手助けしている」

 そうした沖縄支配の構図が、公開審理の場には見事に現れていました。だから、沖縄から基地がなかなかなくならないのです。

 それが、鳩山首相やオバマ大統領の言う「対等な日米関係」なのだろうか?

 普天間基地の移設は、「県外移設」から再び「県内移設」に戻り、そして「辺野古」に戻ってこようとしている。

 それでも、反戦地主のおじいたちは必死にがんばっている。

 沖縄の声をもっと日本全国やアメリカに届けなければいけない。

 おじいたちの背中を見て、そんなことを感じた、公開審理でした。

※反戦地主と共に闘っている一坪反戦地主のホームページ

  沖縄・一坪反戦地主会 関東ブロック http://www.jca.apc.org/HHK/

※沖縄の作家、目取真俊(めどるましゅん)さんのブログでは、基地問題を含め、沖縄の抱える問題が鋭く書かれています。ぜひ、覗いてみてください。

  海鳴りの島から http://blog.goo.ne.jp/awamori777/
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by kohtaboy_gabihan | 2009-12-04 12:56 | ウチナーとヤマト

高校生との会話で・・・

 昨日、バイト先の高校生と話していたら、「まだ基地の反対活動してるんですか?」と聞かれたので、「やってるよ」と答えました。

 そして、その高校生が次に聞いてきたことは、「でも、実際に基地が沖縄からなくなったら、基地で働いている人達が職を失うし、ただでさえ沖縄は失業率が高いんだから、やばいんじゃないですか?」、ということでした。

 まさか、高校生からこんなことを言われるとは思っていなかったので、びっくりすると同時に、悲しくもありました。

 前にも、同じ職場の社会人の仲間からも同じことを言われたことがあります。

 大人がそういうことを言うのはわかりますが、基地がないと困るわけでもない高校生から同じことを言われると、困惑してしまいます。

 基地が60年以上もあり続けると、基地に対する人々の考え方まで変わってしまうのだな、とつくづく感じます。それと同時に、沖縄の人々にそういう考え方を植え付けるために、日米両政府は住民の意見を無視して、様々な策略を考え、実行してきたのだな、ということも痛感しました。

 僕はその高校生の質問に対し、「米軍が日本から撤退したら、毎年2000億円以上も払っている思いやり予算を払わなくてもよくなるわけだから、そのお金を沖縄の経済活性化のために使った方が、よっぽどいいんじゃない?」と、答えました。

 そしたら、その高校生も納得してくれましたが、別の質問も投げかけられました。

 「でも、実際アメリカ軍が日本にいるから、日本で戦争が起きなくて済んでるんじゃないですか?」

 その問いかけに対して僕は、「北朝鮮は危険な国家だって言うけれど、今の日本の軍事力は世界7位の規模だし、北朝鮮は20位以内にも入ってないよ。しかも、貧困にあえいでいる人達がたくさんいるのに、戦争なんかできるはずがないよ。核爆弾を作ってるからとか言うけれど、核爆弾を日本に落としたって、その場所には誰も住めなくなるんだから、落とす意味がないよ」、と答えました。

 彼はそうした事実を全く知らなかったようで、僕の話を聞いて、とてもびっくりしていました。

 その高校生だけでなく、ほとんどの人はそういった事実を知らないと思います。メディアは一切そういうことを報道せずに、北朝鮮や中国の脅威ばかりを強調し、国民を怯えさせています。

 そうした報道によって、米軍基地の存在を肯定させようとしています。実際、沖縄の新聞で読者の投稿欄を見ていても、「北朝鮮や中国は危ないから、米軍基地はあるべきだ」という意見が見受けられます。

 しかし、普天間基地や嘉手納基地の騒音被害などを知っていたら、米軍基地について肯定的な意見をもつことは、まずできないと思います。

 実際、今の名護市にはそれほど米軍機が飛んできません。キャンプ・シュワブのある辺野古は人口の少ない東海岸に位置し、人口が多い名護市街は山を隔てた西海岸にあります。だから、多くの名護市民は基地被害の実態を知りません。

 でも、辺野古や高江に基地が新たに造られてしまったら、沖縄北部全体が米軍の訓練場に変貌してしまいます。沖縄本島西側にある伊江島にも米軍の訓練場があるので、辺野古から伊江島に行く時は、必ず名護市街上空を飛ぶことになります。

 名護市は、「新しく基地を造っても、住宅地上空を飛ぶな」と要求していますが、米軍がそれを守るはずがありません。現に、普天間や嘉手納では全く守られていないんですから。アメリカの公文書でも、「住宅地上空を飛ぶこともありうる」と書かれています。

 もし新基地ができて騒音被害に苦しみ、それから米軍に文句を言っても、その時には後の祭りです。一度造ってしまえば、後は米軍の勝手です。日本政府は何も言えません。それが今の日米関係です。

 だから、そうなる前に、なんとか阻止しなければいけません。起きてから動いても、時すでに遅しです。

 阻止するためには、もっと多くの人が、基地問題の実態について知ることが必要です。

 しかしながら、今のメディアの報道は、「普天間基地の代わりをどこに造るか」ということばかり言っているだけで、問題の実態を深く報道してくれないのが、残念でなりません。

 とりあえずは、個人の力で何とかしていくしかないようです。

 もし、みなさんの方でも何かいいアイデアがあれば、コメント欄に書いてもらえるとありがたいです。

 基地建設ストップのためには、「力」ではなく「知恵」でたたかうしかありません。
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by kohtaboy_gabihan | 2009-11-20 13:33 | ウチナーとヤマト

おばあとの会話

 先日、テント村の座り込みに来ている沖縄のおばあ2人と話していて、とても考えさせられたことがありました。

 1人は辺野古に住んでいて、もう1人は那覇から来ている人でした。

 辺野古のおばあから、「あなた出身はどこなの?」と聞かれ、「長野県です」と答えたら、もう1人のおばあから、「そういえば、長野に空港あったよね?」と質問されたので、「はい、ありますよ」と答えました。

 そして、おばあ2人から返ってきた言葉に、はっとさせられました。

 「じゃ、普天間基地を長野にもっていったらいいさー」

 「防衛大臣だって長野県の出身でしょ?それなら、長野にもってくのがいいさー」

 2人のおばあは笑って言っていたので、僕は冗談で言っているのだと思い、「そうですね。じゃ、長野に誘致しましょうか?」と、僕も笑いながら返答しました。

 でも、内心はドキリとして、胸を締め付けられるような感覚がありました。そのおばあ2人の言葉がずっと胸に残り、その言葉の意味を考えていました。

 沖縄県民だけでなく、沖縄の過度な基地負担の実状を知り、負担軽減を望んでいる人達は、鳩山連立政権の掲げる普天間基地の「県外移設」に期待を寄せています。

 けれど、沖縄県外に住む人達は、「県外移設」を望みながら、誰も自分達の住んでいる地域に基地が来てほしいとは思っていません。それは、みんな基地の恐ろしさを知っているからです。

 だから、民主党は、「県外移設」を主張していましたが、政権獲得後、候補地が見つからず、その結果、岡田外相が、「県外移設は考えられない」と発言してしまったのです。

 僕自身も、普天間基地の県外移設に期待を抱きつつも、無意識のうちに、「自分の住む場所には来てほしくない」と思っていたのだということを、おばあとの会話で痛感させられました。

 もし仮に、僕が普天間基地の長野への誘致活動をしたら、地元住民は一斉に反発するでしょう。このことは、日本全国どこでもそうだと思います。

 だから、結局、普天間基地を県内に移設するという議論になってしまうのです。

 最近の普天間基地問題についての報道でいつも疑問に思うのは、なぜ「基地建設ありき」で話が進んでいるのか、ということです。

 基地なんてどこにもあってほしいものではないのだから、移設に時間がかかるのは当然のことです。それなら、いっそのこと、「新しい基地は造らない」という方向で議論はできないのでしょうか?

 当初、普天間基地は、「5~7年を目途に全面返還される」と、当時の橋本首相は表明しました。それがいつの間にか、「普天間基地は、代替施設が出来た後で返還する」という話にすり替わってしまいました。

 そして現在でも、「基地建設ありき」で普天間問題は報じられています。

 僕は、普天間基地は即時閉鎖・返還されるのが一番いいと考えています。もし代替施設が必要ならば、アメリカに造ったらいいと思います。

 しかし、どうしても基地が日本に必要だというならば、「なんで基地が必要で、戦争をする態勢をとらなければいけないのか?」という点を、日米両政府が真剣に話し合い、国民が納得できる説明をすべきです。

※岡田首相の沖縄訪問に関する記事
 沖縄タイムス
  「外相、「県外」検証せず 普天間移設」
  「外相「県外頭にない」普天間移設 政権公約“責任転嫁”も」
  社説 「「普天間」作業部会-過去の経緯を公表せよ」
      「政権公約とは何か-政治不信招く外相発言」
 
 岡田外相は一体どうしてしまったんでしょうか?発言がどんどん自民党が言っていたことに近づいています。顔色もとても悪いです。国民の見えないところで、一体何が行われているのか、とても気になります。
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by kohtaboy_gabihan | 2009-11-17 12:24 | ウチナーとヤマト