海と山を結blog☆


山は海に流れ流れて、海は山に降りそそぐ。全てのいのちはめぐりめぐる。
by kohtaboy_gabihan
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from 辺野古と高江に軍事基地は作ら..
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カテゴリ:はじめての方へ( 5 )


ブログタイトル変えました♪♪

 当ブログをご覧になってくださっているみなさま、ご無沙汰しております。ここ数ヵ月はなかなかブログ更新ができず、1ヵ月に1回更新するのがやっとの状態になっています…

 そして久々の更新にして、突然ブログのタイトルを変えちゃいました!その名も、「海と山を結blog☆」

 僕が信州に帰ってきてから、藤本監督の映画上映会を開催するために結成した、会員一人、ボランティアスタッフ多数の市民グループ「海と山を結ぶ会」の名前をそのまま使っただけの何とも単純なタイトルです。

 実は、地元に帰省してから様々なイベントを行う中で、ブログタイトルの変更のことをずっと考えていました。

 というのも、これまで様々なイベントを企画し宣伝する中で、一人でも多くの人に辺野古や高江の基地問題のことについて知ってほしいと思い、僕のブログを紹介してきましたが、ブログに飛んで一番最初に目にするタイトルが「辺野古と高江に軍事基地は作らせない!!!」だと、インパクトがあまりにも強いし、書いてあることも過激なものじゃないかと思われ、ちゃんと見てもらえないんじゃないかということがずっと気になっていたからです。

 それに加え、「辺野古と高江に基地は作らせたくない!」という僕の思いをストレートにタイトルにぶつけているので、見る側からすると、「結局、読んだところで結論はそれ(タイトルに書いてあること)なんでしょ?」と思われてしまうかもしれないですし、そうすると自分とは意見の違う人にあまり読んでもらえないんじゃないかと考えるようにもなったからです。

 やはり、意見や想いが自分と同じ人達だけに読んでもらうのではなく、「基地は必要だ」と思っている人達にもこのブログを見てもらい、僕がどうして基地建設に反対しようと思ったのかということや、なんで基地があることがいけないと僕が考えているのかと言ったところを少しだけでも理解してほしいと常々思っているので、結論や想いをそのままぶつけてしまう今までのタイトルを変えた方がいいと思うに至りました。

 当たり前のことですが、この地球に生きるみんなが同じ価値観・想いを抱いているわけではなく、人それぞれに異なった価値観や思想をもっているわけですから、「自分の考えを理解してほしい」と思うのなら、相手の考えも理解するように努めなければなりません。人間・生物の多様性を認めるということはそういうことだと思います。

 そうした価値観・意見の食い違いの中から、僕らが進んでいくべき道を探していかなければなりません。互いに自分の主張を相手に押し付け合うのではなく、粘り強い話し合いの中からある程度の「妥協点」を見出し、はっきりした道は見つからなくても、「だいたいあの方向でいいんじゃない?」ということを確認しながら、ともに歩んでいく。この新しいブログタイトルには、そうしたことをできるような「きっかけ」を創れたらいいなという思いも込めています。

 また、今年は福島原発事故が起きてから、自分なりにいろいろと原発について勉強し、原発関連のイベントを企画したり、記事を書いたりしました。原発について知れば知るほど、「基地問題も原発問題も根っこは同じだ」と思いましたし、世界には基地や原発以外にも、僕達が知るべき様々な問題が起こっています。

 新しいブログタイトルに「海と山を結ぶ」とありますが、この名称を思いついたきっかけは、「海は海だけで、山は山だけで成り立っているのではなく、海も山も互いに繋がりあって成り立っているんだ」ということを沖縄にいる時に気付いたからです。

 海から蒸発した水が雨雲となり、そして雨が山に降り注ぎ、降り注いだ雨水が山で浄化され、再び川を流れて海に戻っていく。だから、海が汚れてしまえば、山も汚れてしまう。もちろん、その逆もしかり。全ての生物はそうした大いなる自然の巡りの中で生かされているのだということに気付かされました。

 これを基地問題に当てはめてみます。基地とは取りも直さず「戦争」のために存在します。基地がある限り戦争は起こり続けます。核兵器が世界各地に拡散した現在、基地によって被害を被るのは、基地がある所だけでなく、基地のないところにも被害が及ぶのは明らかです。福島の原発事故は、まさにそのことを証明してしまいました。

 世界各地で起きている様々な問題の多くは、「遠い所で起きているから、自分とは関係のないこと」とは言い切れず、よくよく見てみると自分と関係があったりするものです。なので、これからは基地問題や原発問題以外の問題についても勉強し、このブログで書いていきたいとも思っています。そうする中で、いろんな場所で起きていることと「自分」との「つながり」を見出し、「他人事」ではなく、「自分事」として考えていけるようなブログにしていきたいと思いながら、この記事を書きました。

 頭に浮かんだことをそのまま書いているので、まとまりのない文章になってしまいましたが、これからもできるだけブログを更新していきますので、たまーにブログを覗いてみてください。

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だいぶ前に家の畑に行った時に見つけた、ねぎと朝顔の変わったツーショット。

  
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by kohtaboy_gabihan | 2011-09-22 14:21 | はじめての方へ

カテゴリの整理

 28日に沖縄は再び「屈辱の日」を迎え、県民の怒りは頂点に達しています。1952年4月28日のサンフランシスコ講和条約により、本土が独立を果たした代償として、沖縄が米軍施政下に置かれた時のように、今再び沖縄は大和に切り捨てられました。

 そして、僕が沖縄に来てからはや1年が過ぎ、この1年の間で沖縄の基地問題は目まぐるしく変わりました。が、結局僕が去年やって来た時と同じ状況に戻ってしまいました。でも、沖縄を取り囲む政治・社会状況は大きく変わりました。今や「沖縄の問題」ではなく、「日本の問題」、「世界の問題」として認識されるようになってきました。

 また、このブログも開設してから来月で1周年になります。今まで書いた記事は110件を超え、ここまで続けてこれた自分にビックリしています。

 というわけで、このブログを訪れてくれる人が、僕のブログを通して沖縄の基地問題を幅広く理解できるように、カテゴリを整理してみました。

 まず、このブログを訪れたら必ず読んでほしいのは、『辺野古新基地建設問題』と『高江ヘリパッド問題』に関する記事です。これらのカテゴリには、辺野古と高江における基地建設問題のこれまで経緯を自分なりにわかりやすく、詳しく書いた記事があるので、是非読んでください。ただ、ブログの特性上、記事の順番が逆になっているので、ご容赦ください。

 次に目を通して欲しいのが『沖縄経済と基地』のカテゴリです。多くの人が「沖縄の経済は基地がなくなったら成り立たなくなる」と考えていますが、基地の存在が沖縄の経済にどれだけ影響を与えているのか、この記事を通して今一度考えて欲しいと思います。自分なりに調べて書いた特集記事があるので、ぜひぜひご一読を。

 もう一つのおすすめは、『ウチナーとヤマト』のカテゴリです。1年間沖縄に住みながら、ウチナーンチュ(沖縄人)と基地問題について議論する機会もあり、その度ヤマトンチュ(大和人)である自分とウチナーンチュとの間の考え方の違いやギャップに直面しました。ヤマトンチュである僕達が沖縄の基地問題にどう関わっていったらいいのか、をこの記事を通して一緒に考えて欲しいと思います。

 あと、沖縄の米軍基地ではどんな訓練をしているのか知りたい人は、『米軍基地/ 訓練』のカテゴリを覗いてください。僕が今まで自分の目で見た基地訓練の様子を見ることができます。写真だけでなく、動画でも見ることができます。

 今年の3月から始まった、毎週金曜恒例「シュワブ第1ゲート前座り込み」。その時の様子を『ゲート前座り込み』のカテゴリで紹介していますので、こちらもどうぞ。

 普天間問題に関するニュースや自分の考えなどは、『普天間問題』のカテゴリに入れ、辺野古や高江の座り込みに関する記事などは『辺野古』『テント村』『高江』のカテゴリに分類されています。その他の記事もテーマに合わせて分類してあるので、ぜひ読んでみてください。

 また、もっと基地問題について様々な角度から考えたい人は、僕のブログにあるリンク先からどんどんいろんなサイトに飛び込んでください。基地問題のいろんな側面が見えてくるはずです。

 まだまだ普天間問題は混乱しそうですが、引き続き情報発信をしていきたいと思いますので、これからもよろしくお願いします!そして、辺野古と高江に基地は造らせないよう共にがんばりましょう!!!
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テント村の座り込み犬「ポチ」もがんばるワン!!
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by kohtaboy_gabihan | 2010-05-30 12:45 | はじめての方へ

米軍基地建設に反対する理由

 基地問題について書く前に、なぜ僕が辺野古、高江の新基地建設に反対するのかを書きたいと思います。

 基地建設に反対する活動というと、イコール「平和活動」ととらえられますが、僕はあまり「平和」「PEACE」という言葉を積極的に使いたくありません。「平和」という言葉は定義があいまいで、使う人、使う状況によって、様々に、そして都合よく使用され、解釈されてしまうからです。

 「平和」というと、一般的には、「暴力がないこと」、「人を殺さない、殺されないこと」、「戦争がないこと」などがあげられると思います。

 しかし、「人を殺さない」世の中を実現することは、簡単なことではありません。特に、「個人間の殺人」をなくすことは、とても難しいことだと僕は思います。「個人間の殺人は絶対にいけない」と言ってしまうと、テレビの金曜サスペンス劇場などの殺人もののドラマは放送禁止にしなければいけないし、殺人ものの小説も発刊禁止にしなければいけなくなります。「人殺しはいけない」と思っていても、そういったドラマや小説を見たり、読んだりしていると、殺す側の気持ちも理解できます。それは、殺される側の方にも、相手に殺したいと思わせてしまうほどのことをした落ち度があるからです。だからと言って、「人を殺してしまうことは仕方がない」と言うつもりはないし、「人を殺すことのない、そして殺されることのない」世の中にしていかなければなりません。なので、サスペンスドラマや小説を通して、「人を殺さない、殺されない」ためにはどうしたらいいのかを学ぶ必要があるのだと思います。

 ここでは、「個人間の殺人」をドラマや小説を例にして書きましたが、それ以外にも子供への虐待死や、介護疲れによる被介護者への殺人など、今の例では説明できない別の問題もありますが、それは別の記事で書くことにします。

 ただ、「集団間の殺人」、紛争や戦争などがありますが、これは絶対にいけないことだと思うし、なくすことができると考えています。基本的には、相対立する政府間の中が悪くなり、最終的に戦争が勃発しますが、その国に属する国民であるというだけで、戦争に駆りだされ、なぜ会ったこともない、話したこともない人達を殺さなければいけないのか、とても疑問に思ってしまいます。

続きはこちら
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by kohtaboy_gabihan | 2009-06-26 15:24 | はじめての方へ

ブログの位置づけ

 最初にブログ開設に至るまでの経緯を書いたところで、次はこのブログの位置づけについて書こうと思います。

 ブログのタイトルにもあるように、このブログは辺野古と高江の基地問題の状況を、一人でも多くの人に知ってもらえるようにとの目的で開設しましたが、普段は辺野古のテント村にいるので、高江の状況はなかなか伝えることができないですし、辺野古の日々の状況は、『辺野古浜通信』のブログを見ればわかります。また、高江の状況も『やんばる東村 高江の現状』というブログをのぞけば、こちらのこともよくわかると思います。

 というわけで、このブログは辺野古や高江の日々の状況を伝えるというよりも、まだ沖縄の基地問題についてよく知らない人でも理解できるように、辺野古や高江における基地建設問題のこれまでの経緯、基地問題の様々な側面について書き、『辺野古浜通信』や『やんばる東村 高江の現状』などのブログと合わせて見てもらうことで、この新基地建設問題を一人でも多くの人に理解してもらえたらと思います。

 それ以外にも、辺野古のテント村で座り込みをしながら、僕自身が日々思うことなども書いていこうと考えています。もちろん、文章だけではつまらないので、できるだけ画像も交えていくつもりです。

 ただ一つ注意していただきたいことは、テント村にはいろんな人たちがいて、人それぞれ考えていることは様々です。でも、「完全非暴力によって、人殺しのための軍事基地の建設を中止させる」という点では、皆一致しています。というわけで、このブログで書く意見・考え・思いは、他の人達と共通する部分もありますが、あくまで僕自身の意見・考え・思いですので、その点に注意してみてもらえると幸いです。また、記事に対する意見などありましたら、コメントやトラックバック欄にぜひぜひ書いてください。
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by kohtaboy_gabihan | 2009-06-25 12:35 | はじめての方へ

ついにブログ開設!!

 みなさん、はじめまして。
 僕は、辺野古での米軍新基地建設に反対し、現地で反対活動を行っている人達に交じって、テント村で座り込みをしています。僕は、沖縄県人ではなく、沖縄の言葉(うちなーぐち)で言うところの、大和人(やまとんちゅ)です。まだ沖縄に来てから、1ヶ月程です。
 まず、ブログを開設するにあたって、なぜ辺野古や高江の米軍基地建設問題に関するブログを作ろうと思ったかを書きたいと思います。
 僕が辺野古の基地問題を知ったのは、大学時代の2004年頃です。当時大学で沖縄関係の講義を受けていて、その中で沖縄で新しく基地が建設されようとしていることを知りましたが、その時は特に深い関心を抱かずにいました。
 その後、沖縄やアイヌ、在日朝鮮人について研究するゼミに入り、2006年の夏にゼミ旅行で初めて沖縄を訪れ、辺野古にも行きました。その時は、反対活動は緊迫した状況にはなく、穏やかな時期でしたが、現地の人に基地建設問題について説明してもらい、実際にフェンス越しに米軍基地を見て深く関心をもち、それから本土に帰っても、ブログで辺野古の状況を頻繁にチェックするようになりました。
 ブログを見ている間にも、反対行動が緊迫した状況になった時期が何度もあり、実際に現地に行かなければと思いましたが、結局、現地に行くことはできず、ブログ越しに祈ることしかできませんでした。
 そうしているうちに、だんだんと辺野古へ行って反対活動に関わりたいという気持ちが湧いてきましたが、これは沖縄だけで動いていても解決できることではないから、まず自分が住んでいる地域で何か行動を起こさなければいけないのではないかと思うようになりました。
 街頭でプラカードを持ちながら訴えるとか、署名活動をするとか何かしらの方法はあったはずですが、結局、一人で行動する勇気がなく、日々の生活に流されて、何もできませんでした。
 そして最終的に、思い切って辺野古に行って、現地の反対活動に関わってみようと決意しました。最初は行く気満々でしたが、実際に現地に近づくにつれ、「まず自分の住んでるところで、何か行動をしてから来い」とか、「基地問題についてちゃんと勉強してから来なさい」と言われて、追い返されてしまうのではないかという不安な気持ちが強くなり、テント村に着いた時は、内心かなりビクビクしていました。
 しかし、テント村の人達はみなさん、僕をとても快く受け入れてくれ、それまでの不安は一気に吹き飛び、ホッとしました。
 それからは名護市に住みながら、できるだけテント村の座り込みに参加しています。テント村では、いろんな人たちから辺野古の反対活動の話を聞き、今まで基地を作らせないように、命をかけて、どれだけ必死に闘ってきたのかを知り、とても驚くとともに、深く感動しました。日々、県内外からいろんな人たちが訪れるので、辺野古以外の話も聞け、非常に勉強になります。辺野古での座り込み以外にも、ヘリパッドが作られようとしている高江や埋め立て工事が行われている泡瀬干潟、県庁、名護市議会にも行き、様々な角度から沖縄の基地問題について考えることができました。
 そして、徐々に、「この辺野古と高江の基地建設をめぐる問題を本土の人達にも知ってもらわなければいけない。これは、沖縄だけの問題ではなく、日本全体の問題だ」と思うようになり、ブログを開こうと考えました。
 しかし、今までブログをやったことはないし、日中は辺野古で座り込み、夜はバイトという生活を送っているから、頻繁に更新することは難しいなぁと思い、ブログを作ろうか躊躇していました。
 それで、今回ブログを開こうと決心したきっかけは、つい先日、辺野古のテント村で企画された平和ツアーでした。6月23日の沖縄戦終戦の慰霊の日が近いということで、南部の慰霊塔をめぐり、そこに書かれた碑文を読み解きながら、沖縄戦について勉強するというものでした。そして、最後に平和祈念公園にある平和の礎に行き、そこで慰霊をしている遺族のそばに行って、亡くなった人のことなどについて聞き取りをし、遺族の方々がどのような気持ちで慰霊をしているのかを知るということをしました。
 遺族の人に沖縄戦で亡くしてしまった親族のことについて聞くということに、かなりためらいの気持ちがありましたが、思い切って聞いてみました。最初は、亡くなった方の名前を探しているおばあさんのそばに行き、一緒に名前を探すのを手伝いました。そのおばあさんは、兄を沖縄戦で亡くしたそうで、名前を見つけると、震える手で、石に刻まれた名前をさすり、お祈りをしていました。その光景を目の前で見て、のどが詰まり、何とも言えない気持ちになりました。そのおばあさんは、祈ってすぐに立ち去ってしまい、話を聞くことができなかったので、今度は孫を連れて慰霊にきていたおばあさんに話しかけてみました。
 そのおばあさんは、祖父母を亡くし、車いすに座ってお祈りをしていました。そのおばあさんとは、少し話ができましたが、途中会話が途切れ、おばあさんが少し手を震わせながら、戦争で亡くした祖父母の名前をずっと見つめていた時の沈黙が、僕はとても辛かったです。おばあさんは、戦争が終わってから64年間、片時も忘れることなく、毎年祖父母に対してお祈りをし、あの地獄のような戦争のことを思い出しているんだと思ったとき、本当に深い悲しみに襲われ、そのおばあさんにどう話しかけていいのか全くわかりませんでした。やはり、生で感じる遺族の悲しみがどれだけ深いものなのか痛感させられました。
 その遺族の人達の悲しみを感じた時、ブログを開かなきゃいけないと強く思いました。そして、今日は64年目の慰霊の日です。64年も経っているのに、未だに戦争はなくなりません。それどころか、辺野古の海に新しい基地が作られようとしています。
 戦争がこの世からなくなるように、そして遺族の人達の悲しみを無駄にさせないためにも、このブログを通して、一人でも多くの人に辺野古と高江の基地建設問題のことを知ってもらい、新基地建設を中止させたいと思います。
 
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by kohtaboy_gabihan | 2009-06-23 22:34 | はじめての方へ