海と山を結blog☆


山は海に流れ流れて、海は山に降りそそぐ。全てのいのちはめぐりめぐる。
by kohtaboy_gabihan
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憲法と安保
from 辺野古と高江に軍事基地は作ら..
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カテゴリ:辺野古(へのこ)( 11 )


ススム市長激励会&山羊汁

 昨日は辺野古の浜で、稲嶺名護市長の激励集会が開かれました。200人近くの市民が訪れ、これからの稲嶺市政にエールを送りました。

 『「島ぐるみ闘争も」 普天間移設で稲嶺市長』(沖縄タイムス 3/14)

 『「新基地造らせない」 稲嶺市長、辺野古の集会で訴え』(琉球新報 3/13)
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 僕はずっと駐車場整備をやっていて会場にはいなかったので、上の写真は集会後のお食事風景です。

 でも、各団体の代表者のスピーチは僕のところまで聞こえてきたので、ずっと耳を傾けてきいていましたが、やはりススム市長のスピーチが印象的でした。

 「1月の市長選挙で名護市民の民意が示されたのに、閣僚からは信じられない言葉が発せられました。東京は沖縄、名護市の民意をどう思っているのか?同じ国民だと思っているのだろうか?」

 これは、まさに沖縄県民の今の心境を代弁した言葉だと思いました。

 「最低でも県外移設」と言って、沖縄県民の支持を得て政権を獲得したのに、いざ一国の政治を動かす立場になると、今までの発言を簡単に覆し、新たな負担を沖縄に押し付けてこようとする。沖縄県民でなくても、本当に信じられない。

 政府の姿勢には、自公前政権以来続くあからさまな「沖縄差別」が現れています。

 移設候補地に挙がった本土の各地で、当然のことながら「基地反対」の声が上がり、彼らの声は政府はちゃんと聞く。なのに、60年以上にもわたって「基地いらない」と言い続けている沖縄県民の声には全然耳を傾けない。どう考えたっておかしい。いや、おかしすぎる!!

 だって、民主党は政権獲得前から普天間基地の県外施設がどれだけ大変なことかわかっていたはずです。移設候補地に挙げられた自治体はほぼ必ず「受け入れられない」と言うはずだし、アメリカは「辺野古がいい」って言うことはもともと承知していたに違いない。

 それを覚悟の上で「最低でも県外移設」を主張していたなら、こんなに簡単に意見を曲げるはずはないんだけどなぁ~。やっぱり「票」が欲しかっただけなのかと、考えざるを得ません。

 2010年は、沖縄にとって、また日本全体にとって、非常に重要な年になると思います。これから政府がしかけてくるであろう強大な圧力に、どれだけ市民が踏ん張れるかで、日本の「民主主義」の将来は大きく左右されるでしょう。

 沖縄が日米のさらなる「軍事植民地」にならないよう、沖縄の外からの後押しがもっと必要です!!

 ここで話は変わりますが、記事の表題にはススム市長激励会に加え、もう一つタイトルがあります。

 そう、「山羊汁」。ススム市長の激励会で出されました。

 この山羊汁にまつわるストーリーを知りたい方は、下の「続き」をクリックしてください。

続きはこちら・・・
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by kohtaboy_gabihan | 2010-03-14 13:39 | 辺野古(へのこ)

辺野古の冬

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 沖縄の冬は、本土に比べたらかなり暖かいですが、曇りの日が多く、しとしとと雨が降ったり、風がビュービュー吹く日もあるので、気温は10度以上あっても寒く感じます。ここ数日は沖縄もぐっと冷え込み、僕は風邪をひいてしまいました。。。

 辺野古のテント村は海に面しているので、もっと寒く感じます。なので、冬になるとドラム缶を縦半分に切ったコンロを出してきて、そこで炭火を起こしながら暖を取ります。毛皮で覆われた座り込み犬ポチも、寒さに耐えられないようで、火の近くで丸くなっています。
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 今はテント村での座り込みですが、海上阻止行動が行われていた時は、冬の冷たい海に出て防衛局の作業を食い止めていました。漁師でもない一般市民が、冬の海に出て阻止活動をするというのは、想像もつかないほど過酷だったと思います。もし今作業を止めるために海に出なきゃいけないという状況になっても、自分ができるかどうかわかりません。相当な覚悟と勇気が必要だということは確かです。

 辺野古テント村での座り込みは、まもなく2100日を数えます。その長い月日には、冷たい潮風が吹きつけ、波が押し寄せてくる海に身を投げ出し、文字通り「命懸け」で「命を守った」日々が含まれていることを忘れてはいけません。

 13年もの長い間、辺野古の海に杭を一本も打たせることなく、海を守ってきたのだから、このまま辺野古の新基地建設計画は白紙撤回させるしかありません!

 来週末には、いよいよ名護市長選挙が行われます。今回の選挙は、全国で最も注目される市長選になると思います。この選挙で誰が選ばれるかで、辺野古を取り巻く状況は大きく変わってくるはずです。

 市長選のことについては、また近いうちに書きますので、楽しみにしていてください。

※市民メディア「News for the People in Japan(NPJ)」というサイトでは、国内外の様々な問題に関して、全国の新聞記事や一般市民からの記事を幅広く紹介しています。市民記者ニュースサイトの「JANJAN」と似たような感じです。基地問題に関する記事がたくさんあるので、是非覗いてみてください。

 NPJサイト http://www.news-pj.net/index.html
 
 JANJANサイト http://www.news.janjan.jp/index.php

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 寒さに身を丸くするポチの後ろ姿。どこか寂しげ(笑)
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by kohtaboy_gabihan | 2010-01-15 16:52 | 辺野古(へのこ)

2010年開幕!!

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 新年明けましておめでとうございます。

 上の写真は、辺野古の浜から撮った初日の出です。とてもきれいでした!!

 辺野古テント村の人々の元旦は朝早くから忙しいものでした。というのも、全国放送の番組で、全国各地からの初日の出中継があり、沖縄は辺野古からの中継だったのです。ご覧になった方はいますか?

 まずは、辺野古の浜でおじい、おばあ達による、新年のお祈りがあり、雲の切れ目から太陽が顔をのぞかせると、みんなの口から「おぉ!」という声が上がり、「こんなきれいな初日の出が見れたんだから、今年こそはこの基地問題も終わるぞ」、と言っていました。
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 そして、お祈りの撮影の後は、急いでテント村に行き、沖縄のおせち料理の中継が行われました。

 伊江島から届いたおせち料理には、昆布巻き、こんにゃく、三枚肉、かまぼこ、赤肉、揚げ豆腐等、おいしそうな料理がたくさん並んでいました。(当然のことながら、おいしかったです!) さらに、ドラム缶のコンロでは、炭火で鶏肉を焼きました。これも旨かった!!
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 撮影の後は、親戚と共に新年を過ごすために、みんなそれぞれの家に帰っていき、辺野古のテント村は、朝の9時だというのに、宴の後と言った感じになり、もう元旦が終わったように思いました(笑)。そして、いつもののどかな座り込みが始まりました。

 テント村の座り込み犬ポチも、大勢の人にかわいがられ、おせち料理を食べた後は、気持ちよく寝ていました。
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 お昼には、車エビの差し入れが届き、それを炭火で焼いて食べ、そしてお雑煮も頂きました。朝も昼も、おいしい料理を食べることができ、何とも贅沢な一日でした。

 なんだか食べ物の報告で終わってしまいましたが、今年も一人でも多くの人に沖縄の基地問題のことについて関心を持ってもらえるよう、現地からの報告を続けていきたいと思います。

 このブログを見てくださっているみなさんも、何か言いたいこと、知らせたいことなどがあったら、コメントやトラックバックを活用してください。みなさんの感想や考えを知ることができると、僕にとっても励みになります。

 今年こそは普天間移設問題が、「ベスト」な形で解決されるようにアクションを起こしていきたいと思います!
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by kohtaboy_gabihan | 2010-01-02 13:21 | 辺野古(へのこ)

ジュゴンの見える丘

 この前、かねてから一度は行きたいと思っていた「ジュゴンの見える丘」に行ってきました。

 ジュゴンの見える丘は、辺野古から車で北へ30分ほど行ったところにある「嘉陽(かよう)」という地区にあります。嘉陽の浜にも、ジュゴンの餌である海草が生えていて、それを食べにジュゴンがやってくるそうです。その浜を見下ろすことができるのが、このジュゴンの見える丘です。

 この日は天気が良く、ジュゴンの見える丘からの景色は絶景でした!!
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 大浦湾の南に広がる辺野古の海やキャンプ・シュワブも見ることができました。
 
 もともとこの場所は、パラグライダーやハングライダーが飛び立つ場所として切り開かれたそうです。

 この日は、残念ながら、ジュゴンを発見することはできませんでしたが、素晴らしい景色に感動しました。

 嘉陽の浜では、防衛局に雇われた調査員達がやってきて、ジュゴンの食み跡を調査していました。

 この嘉陽の海も、辺野古に新基地ができてしまったら、大打撃を受けます。基地ができてしまったら、おそらくジュゴンが来ることはなくなるでしょう。また、この空をヘリや戦闘機が日夜飛び交うことになります。

 とても信じられませんが、日米両政府は、それを実現するために必死になっています。「そんなことに必死にならなくてもいいのに・・・」と、思ってしまいますが・・・

 ジュゴンの見える丘に行くには、山道を少し歩かなければいけませんが、その山道から見える景色もきれいです。
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 また、この場所には沖縄出身歌手のcoccoも訪れ、ジュゴンのことを想いながら、『ジュゴンの見える丘』という曲を作りました。

 さらに、先週の18日には、昨年上映されたcoccoの初ドキュメンタリー映画『大丈夫であるように ―Cocco 終らない旅―』のDVDが発売されました。しかも、初回限定版には、初音源化楽曲『鳥の歌』のCDが付いています!

 と、宣伝しておきながら、僕はその映画を見たことがありません(笑)DVDを買いたいところですが、僕の安い給料では、なかなか手が届きません・・・(泣)

 もし、見た人がいたら、ぜひぜひコメントを書いてください。 
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by kohtaboy_gabihan | 2009-11-24 16:46 | 辺野古(へのこ)

『狙われた海』を観て

 先月、琉球朝日放送で放映された「狙われた海〜沖縄・大浦湾 幻の軍港計画50年〜」という報道ドキュメンタリー番組を観ました。

 内容は、約50年前にキャンプ・シュワブ北側にある大浦湾を軍港化するという計画が持ち上がった時に、それを阻止した大浦湾の海人(ウミンチュ)[漁師のこと]と、その軍港計画をベースにして作られた、現在の辺野古沿岸における基地建設計画に揺れる辺野古のウミンチュとを対比させながら、日米安保の犠牲となる地域に暮らす人々の心情を描き出すというものでした。

 1962年に、米軍は軍事演習という名目で大浦湾を爆破しました。サンゴは破壊され、多くの海の生き物たちが殺されました。この爆破事件に、大浦湾のウミンチュ達は異変を感じ、大浦湾を軍港にしてしまうのではないか、という疑念を抱きました。

 陸側でも米軍による土地測量が行われ、1966年の海軍マスタープランにおいて、大浦湾を一大軍港にするという計画が発覚したのです。

 それに怒ったウミンチュ達は、米軍に対し抗議を行い、その軍港計画を阻止したのです。

 そして現在、その軍港計画が再び蘇ったのです。今度は、日本政府もアメリカと組んで、基地建設に乗り出してきました。

 当初、辺野古区は集落をあげて抗議しましたが、お金をちらつかせて、基地建設を強引に推し進めようとする日米両政府に、多くの人々がからめとられてしまいました。その中の一人のウミンチュは、「本当は海を守りたいが、どうすることもできない」、という窮地に追い込まれ、基地受け入れという苦渋の決断をし、防衛局の調査作業に手を貸すことにしたのです。

 これは、1957年にキャンプ・シュワブが建設された時と似ています。当時、米軍がやってきて、辺野古区の土地の9割を強制接収して、基地を造ると言い出しました。

 それに対し、辺野古の人々は反発しましたが、「結局、反対しても、米軍に逮捕されるだけ。それならば、基地受け入れを利益に変えていくしかない」と考え、結果として、広大な基地を受け入れた身代りに、水道や電気が通るようになり、「基地の町」として潤いました。つまり、辺野古は、基地と共に発展する道を選んできたのです。

 そこに襲いかかってきたのが、今の普天間代替施設の建設計画なのです。

 計画が発表された当初、辺野古の人々は、誇るべき豊かな海まで破壊されたくないという思いで立ち上がりましたが、「基地建設ありき」で、住民の意見を聴かずにゴリ押ししてくる日米両政府を前に、なす術もありませんでした。

 窮地に追い込まれた住民達は、「生活を犠牲にしてまで反対運動をしたって、基地建設を止められない。それならば、基地建設を利益に変えていこう」という発想に転換したのです。これは、キャンプ・シュワブが建設された時と同じです。

 そして、基地建設受け入れの身代りとして、お金をもらうという方向に舵を切ったのです。しかしながら、辺野古のウミンチュ達は、それを心から受け入れているわけではありません。

 この番組を観終わった後、「もし、辺野古に基地が造られないことになったら、ウミンチュ達は一体どう感じるのだろうか?」と、思いました。

続きはこちら・・・
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by kohtaboy_gabihan | 2009-11-01 13:48 | 辺野古(へのこ)

辺野古アセス訴訟 2

 先日投稿した辺野古アセス訴訟の記事に関して、原告の訴えに対する国側の答弁内容に若干間違いがありました。

 国側は、「現在のアセス法では、意見を提出できる国民の個人的な権利は保障されていない」という理由で、損害賠償請求の棄却だけでなく、やり直し義務の確認の訴えも却下するように求めました。

※沖縄タイムス 「原告「意見の機会失う」普天間アセス訴訟第1回口頭弁論 国は却下求める」(10/22)
 琉球新報 「普天間アセスやり直し訴訟 原告「違法」と指摘」(10/22)

 簡潔に言うなら、国側は、「事業主(国)のやることにいちいち文句を言う権利は、国民にはない。お前らは黙って見ていろ」と、言ったようなものです。こんな論理が許されてしまったら、アセス法は何の意味ももちません。ただ事業主の思うように使われてしまうだけです。

 自分の住んでいる地域の自然が破壊される危機にあるのに、強引に破壊しようとする者に対して、事業を再度考え直すように求めることができないというのは、あまりにも理不尽です。

 現在の環境影響評価法は、施行後10年目に見直しをすることになっており、今年の6月から見直し作業が始まっています。

 したがって、このアセス訴訟をきっかけに、完成度の低い現在のアセス法が、住民の意見を尊重するより良い法律に改善されるように働きかけていかなければなりません。

 というわけで、次回の裁判は12月25日に開かれますので、もっと多くの人に関心をもってもらわなければ、と思っています。

※ヘリ基地反対協議会のホームページで、21日の裁判において意見陳述をした安次富さんと東恩納さんの意見陳述書を読むことができますので、ぜひ覗いてみてください。
 「ヘリ基地反対協議会 辺野古・違法アセス訴訟」 ←クリックすれば、ホームページにリンクします。
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by kohtaboy_gabihan | 2009-10-25 15:23 | 辺野古(へのこ)

満月まつり

 先日18日に、大浦湾側にある瀬嵩(せだけ)の浜で、満月まつりが開催されました。
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 本当は、10月4日の満月の日に開催される予定でしたが、台風の影響で18日に延期されました。

 この日は新月ということで、「満月まつり」ならぬ「新月まつり」となりました。

 僕は午前の会場作りから参加して、ステージやテントの設営を手伝いました。この日はそれほど暑くなく、とても心地よい気候でした。

 「浜でお祭りをやるなんて、沖縄らしいな」と思いながら、ステージを建てたり、テントを張ったりしました。
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 イベントは午後4時30分から始まり、まず最初に、辺野古の基地反対運動をたたかっているおじいのリードで御願が行われ、その後コンサートが始まりました。

 今回のイベントには、県内外で活躍するウチナー(沖縄)のアーティストが参加しました。琉球民謡歌手の金城繁さんや、フォークシンガーのまよなかしんやさん、高江のロックバンド・スワロッカーズ、名護市民と高江住民によるフラダンスチーム・フラムーンズなどによる、素敵なコンサート、パフォーマンスがあり、会場はとても盛り上がりました。

 また、演奏の合間に、辺野古や高江、泡瀬干潟関連のグッズがもらえる抽選会やミニシアターもあったりして、会場に来た人は皆楽しんでいました。
 
 さらに、泡瀬干潟を守る会や高江のヘリパッドいらない住民の会による、それぞれの地域の問題を紹介するブースがあったり、瀬嵩のおばあ手作りの沖縄料理や、手作りカレー、焼き鳥なども売ったりしていました。a0131573_12163183.jpg
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 そして、今回の満月まつりの一番の注目は、地元瀬嵩の青年会によるエイサーでした。

 これまで10回の満月まつりが行われてきましたが、地元からは「反基地のためのイベント」という風に捉えられ、敬遠されている感があったそうです。

 しかし、このイベントは、ただ単に「反基地」を叫ぶようなイベントではなく、「基地がなくても、生活できるんだ」という意識を高め、まちおこしの起点となれるように始められたのです。

 そしてついに、11回目(11年目)にして、地元瀬嵩区の青年会が参加することになったのです。

 瀬嵩青年会のエイサーが最後のトリを務めることになりましたが、エイサーが始まったとたん、会場は大盛り上がりとなり、最後には「唐船(とうしん)ドーイ」を、観客も参加して、みんなでカチャーシーを踊りました。イベントの最後にふさわしい、とても素晴らしいエイサーでした。
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 最後に、瀬嵩に住み、反基地運動をたたかい、満月まつりを引っ張ってきた渡具知(とぐち)さんと東恩納(ひがしおんな)さんが、終わりの挨拶をしました。

 渡具知さんも、東恩納さんも、地元青年会のエイサーにとても感動していました。「もし広大な基地が造られ、自分達の生活を支えている海が破壊されてしまったら、我々は一体どこへ行けばいいのか」と、渡具知さんが言った言葉が胸に深く刺さりました。「日米安保というのは、少数の人の犠牲によって成り立っているのだ」ということを、肌で感じました。

 東恩納さんも、「この満月まつりを契機に、地元のまちおこしをもっと盛り上げていきたい」と、熱く語りました。この言葉に、地元の青年会のメンバーからも、「今までは地元以外の人に満月まつりを引っ張ってもらいましたが、今度は自分達がこの祭りを引っ張っていきます」という力強い返事があり、観客からも期待のエールが贈られました。

 今回初めて満月まつりに参加しましたが、手作り感あふれる、とても楽しいイベントでした。この祭りをきっかけに、基地に頼らないまちおこしが成功するといいな、と思います。

 イベント終了後、最後の片付けまで手伝って家に帰りましたが、重い機材などをたくさん運んだせいか、翌日、両腕が筋肉痛でした(笑)
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by kohtaboy_gabihan | 2009-10-24 13:44 | 辺野古(へのこ)

辺野古アセス訴訟

 今日ついに、辺野古における普天間代替施設建設に関する環境影響評価(アセスメント)の違法性を争う裁判が、那覇地裁で行われました。

 現行中の環境アセスメントの違法性を問う裁判は、国内でも初めてのことだそうです。

 原告団には、県内外から600人を超える市民が加わり、僕もその一人です。

 今日は開廷1時間前の10時に集合し、事前集会を行いました。多くの市民が訪れ、マスコミも多数来ていました。
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 事前集会では、原告団長の安次富(あしとみ)さんと、名護市議会議員でもあり、原告団事務局長でもある東恩納(ひがしおんな)さん、そして弁護団長の三宅さん等が裁判に向けての意気込みを主張し、士気を高めました。
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(左が原告団長の安次富さん、右が東恩納さん)
 裁判は午前11時の開廷でしたが、傍聴席が少ないということで、事前に傍聴席の抽選が行われました。僕は、運よく当たり、実際に法廷の場に入ることができました。

 まずは、原告側からの意見陳述ということで、安次富さんが沖縄の歴史を通して、今回のアセス手続きの不当性を力説しました。それに続いて、東恩納さんが辺野古や大浦湾の海を見ながら育ってきたという点から、自分の生活を支える海を基地建設によって壊したくない、という思いを熱く語りました。

 次に、原告側の弁護団が今回の訴状の内容を説明し、その後、被告である国からの意見陳述がなされました。

 今回のアセス訴訟は、防衛局によって作成された杜撰な方法書や準備書を、国側がもう一度作成し直す義務がある事を確認するための訴えと、市民が意見陳述の機会を奪われたことに対する国家賠償請求の二本立てで提訴しました。

 しかしながら、国側は損害賠償のことだけに触れ、環境影響評価法では、個々人に対する意見陳述の権利の保障はしておらず、国民一般に言及するものであるから、賠償請求は不当だ、というだけで環境アセス手続きのことに関しては、触れませんでした。というよりは、おそらく触れることができなかった、といった方が正しいのかもしれません。

 僕はそんな裁判のやりとりを見ていて、「そもそもなんでこんなことになってしまったんだろうか?」と、思いました。

 防衛局が、市民とちゃんと話し合って、アセス手続きをしていれば、こんなことにはならなかっただろうし、事態はもっと別の方向に向かっていたはずです。

 しかしながら、防衛局を含む政府がそれを拒み、アメリカとの間で交わした2014年完成を優先したために、アセス法を無視した手続きを行い続け、結局、裁判という形でしか対話ができないという状況になってしまったのです。防衛局の職員も、自分達が間違ったことをしているということは認識していると思いますが、やはり、アメリカには逆らえないということなのでしょうか?

 その地に住む市民より、遠くのアメリカを大事にしてしまう日本のどこが民主主義なのか、と疑問を持ってしまいます。そして、「アメリカとは、一体何者なんだろう???」と、考えざるを得ません。

 米兵に知り合いがいるという人の話によると、その米兵は今月、沖縄からアフガニスタンに派兵されるそうです。派兵される期間は、なんと5年間だそうです。5年間も戦場にいることは非常に過酷なことですが、そこまでして、出口の見えない「テロとの戦い」を続ける意味はないように思います。

 現在、ゲーツ国防長官が来日していますが、やはり辺野古の基地建設に固執しています。来月には、オバマ大統領がやってきますが、おそらく同じことを言うと思います。

 核兵器の削減も大事ですが、基地の削減についても目を向けていかなければなりません。米国は、世界130ヵ国に、約1000ヵ所もの海外米軍基地を持っていると言われています。それらの地域では、沖縄と同じように、基地被害に苦しんでいる人達がいるのです。

 話が逸れてしまいましたが、次回のアセス裁判は、クリスマスの12月25日に行われることになりました。

 今後もしっかりとアセス裁判を見守っていく必要があります。一人でも多くの人が、辺野古アセス裁判に関心を持ってもらえるよう、願っています。

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 アフガニスタンに行くための訓練でしょうか?昨日、1台の装甲車がシュワブの浜でずっと走り続け、浜は荒らされていました。
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by kohtaboy_gabihan | 2009-10-21 21:19 | 辺野古(へのこ)

アセス 知事意見提出の翌日

 先日、13日に辺野古基地建設事業についての環境影響評価(アセスメント)の準備書に対する知事意見が沖縄防衛局に提出されました。

 知事意見は、アセス審査会の答申内容をほとんど抑え、準備書に記載された調査項目の全般にわたって、再予測・再検討を要求しました。また、ジュゴンの複数年調査も要求しました。

 そして、その翌日の14日に、辺野古では沖縄防衛局による大々的な調査が行われました。10隻以上の船が辺野古の海上に出て、何度も往来しながら、1日中調査をしていました。

 これほど多くの船が出て調査をしたのは、僕が今年5月に辺野古に来て以来、初めてのことだったので、とてもびっくりしました。不穏な空気が漂う調査の様子を眺めながら、「これが防衛局の知事意見に対する回答なのだろうか」と、思いました。

 前の自民党政権では、2014年までに基地を完成させたいがために、法律なんてお構いなしで、ありとあらゆる手段を使って、調査を行ってきました。

 しかしながら、今回の知事意見を踏まえて再調査を行えば、2014年までには基地建設を終わらせることはできなくなります。

 政権が代わっても、官僚や防衛局の職員は同じ人達だから、すぐに基地建設白紙撤回に方針転換するようには思えません。

 それは、この前北沢防衛大臣が沖縄に来た時に、普段とは違って多くの官僚が同行し、大臣を常に囲んでいたということからもわかります。大臣はキャンプ・シュワブを訪れ、そこから辺野古の海を見ながら、基地建設の説明を聞いたそうですが、曖昧な発言ばかりを繰り返し、明らかに官僚のことを気にしているなという感じでした。

 だから、辺野古の基地問題はまだまだ予断を許さない状況です。政権が代わったからといって喜んではいられません。ここからが正念場になります。ここでもっともっと多くの人が、「基地建設反対!」の声を上げていかなければなりません。

 周りの人に、辺野古や高江の基地問題のことを伝えてもらえるとうれしいです。このブログを他の人にも教えていってもらえれば、感謝感激です。

 本土の大手メディアは、沖縄の基地問題をほとんど報道してくれません。とても重要なことなのに・・・。だから、そういったメディアに頼らない地道な努力で、多くの人に伝えていくしかありません。

 だって、基地なんてどこにもいらないんだから・・・

※知事意見に関する記事
 沖縄タイムス
  社説 「[知事意見] ベストを選択する時だ」
  「全般的書き直し要求 「普天間」アセス知事意見/国の移設方針 決定促す」
  「進む手続き 針路不明/「普天間」アセス知事意見/地元首長は理解」
  「「県外」主張を要望/市民団体ら不満 環境面は評価も」

 琉球新報
  社説 「アセス知事意見 「県外ベスト」有言実行を」
  「普天間アセス知事意見(概要)」
  「首相所信表明を注目 アセス意見書」
  「国姿勢にいら立ち 県も「矛盾」内包 アセス意見書」
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 辺野古の鳥達も、いつもと違う船の多さにびっくりしていたようでした。この日は曇りでかすんでいたので、写真だと空と海の境界線がはっきりわからなくて、不思議な感じです。
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by kohtaboy_gabihan | 2009-10-16 23:14 | 辺野古(へのこ)

台風18号

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 上の写真は台風が来る前のものです。昨日は台風の接近に伴い、波が非常に大きく、リーフには巨大な波が打ちつけていました。テント村も台風に備え、骨組だけを残して全て撤去しました。辺野古漁港の船も全て陸に避難していました。

 しかし、台風接近にも関わらず、米軍ヘリが3機編成で辺野古海上を飛んで行きました。しばらくしたら、また戻ってきて、普天間基地方面に帰っていきましたが・・・

 大浦湾側の瀬嵩(せだけ)の浜では、「今がチャンス!」とばかりに、サーファー達が集結していました。
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 これらは台風が去った後の今日の写真です。沖縄本島には夜中に接近しましたが、上陸はしなかったので、大きな被害はありませんでした。

 しかしながら、波は思った以上に強かったらしく、一番左上の写真を見てもわかるように、浜の入口までゴミや海藻が打ち揚げられていました。そして、浜の有刺鉄線は、再び大きく折れ曲がっていました。おそらく近いうちに、米兵達が修復しに来るでしょう。8月にも壊れて修復したばかりなんだから、もう修復せずに撤去したらいいのに・・・と思ってしまいます。

 今日はテントの張り直しはせず、命を守る会の事務所で座り込みをしました。

 いよいよあさってには、テント村の座り込みが2000日を迎えます。それまでの命を守る会の反対運動も足したら、辺野古の基地建設阻止のたたかいは13年にもなります。これほど長い期間をたたかい続けることは、本当にすごいことです。僕も少しでも反対運動の力になれたらと思って、ブログを書いています。

 今週の土曜日には辺野古の浜で2000日集会が午前10時ごろから開かれます。来れる人はぜひ来てください。海案内や屋台もあります。集会の様子は、また追ってブログで取り上げます。

 基地建設阻止に向けて、がんばりましょう!!
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by kohtaboy_gabihan | 2009-10-07 23:10 | 辺野古(へのこ)