海と山を結blog☆


山は海に流れ流れて、海は山に降りそそぐ。全てのいのちはめぐりめぐる。
by kohtaboy_gabihan
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憲法と安保
from 辺野古と高江に軍事基地は作ら..
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カテゴリ:テント村( 5 )


沖縄の空

 沖縄は雲の動きが速いので、空の景色も様々に変わります。テント村で座り込んでいる時も、よく空を見上げて、景色の移り変わりを楽しんでいます。今までの自分の人生の中で、こんなに空に関心をもったことはありません。
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 でも、このきれいな空にも米軍基地がある。空だけじゃなく、海にもある。

 沖縄の陸も、海も、空も、米軍のものなのか??
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by kohtaboy_gabihan | 2009-11-23 23:31 | テント村

2000日集会

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 ついに、辺野古の基地建設阻止の座り込みが先週の9日に2000日を突破しました!命を守る会の8年間の座り込みも入れたら、約13年の月日が経ったことになります。

 13年もの間、辺野古の海に基地を造らせずに闘ってきたというのは、とてもすごいことです。決して多いとは言えない数の人々の粘り強い闘いによって、これまで続けてこられたのだと思います。みんなが「命を守る」ために、「命を懸けて」たたかってきたのです。

 そして、ついに政権が代わり、基地建設を阻止できるとこまできているのです。

 そう思った時、13年間の時の重みがひしひしと伝わってきて、胸が熱くなりました。

 そして、10月10日の昨日、辺野古の浜で、「辺野古新基地白紙撤回、アセス作業の中止を求める座り込み8年+2000日突破市民集会」が開催されました。
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 朝から多くの人が会場設営に来て、浜の掃除をしたり、テントを張ったり、料理を作ったりしました。

 昨日は天気があまり良くなく、準備の途中で雨も降ったのですが、集会の時は雨は降らないでくれたので、雨に濡れることもなく、無事に開催することができました。

 集会には、約350人の人達が訪れ、辺野古の浜はいつになく賑やかでした。米軍も台風で壊れたフェンスを撤去して、こっちに参加したらいいのに!と、思いました。

 会場では、食べ物の屋台の他にも、辺野古・大浦湾に棲む生物の写真展が開かれました。
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 集会では、社民党の山内徳信参議院議員、沖縄社会大衆党の糸数慶子参議院議員が辺野古基地建設白紙撤回に向けて演説をしました。他にも共産党の赤嶺衆議院議員や民主党の瑞慶覧(ずけらん)衆議院議員らがスピーチをし、沖縄県内各地から集会に来た人達は、幟を掲げながら熱心に聞いていました。

 そして最後に、ヘリ基地反対協議会の安次富(あしとみ)さんがガンバロー三唱を行って、参加者全員で「ガンバロー」と声を上げ、基地建設阻止に向け、決意を新たにしました。

 その後は、朝からテント村の人達が心を込めて作った料理を食べ、地元のミュージシャン達のコンサートを聴きながら、ゆったりとした時を過ごしました。

 昨日の2000日集会は決しておめでたいことではありませんが、これまでの座り込みの慰労会といった感じで、日々の座り込みの緊張感から解放され、楽しい時を過ごすことができました。
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 でっかい鍋で豪快に作った伊勢海老の味噌汁、うまかったぁー!!他の料理ももちろん、おいしかった!!今度は基地建設が白紙撤回された時に、喜びの集会をして、そこでまたエビ汁を食べたいなぁー、とそんなことを思ってました。
 
 コンサートでは、金城繁さんが三線で沖縄の歌を歌いだすと、居ても立っても居られなくなった「うちなーんちゅ(沖縄人)」が踊り始め、テント村村長の当山さんも楽しそうに踊っていました。

 やっぱり、浜は、戦車が訓練するとこじゃなくて、みんなで歌ったり、踊ったりするとこでしょ!!!
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by kohtaboy_gabihan | 2009-10-11 13:48 | テント村

皆既日食の日

 先日行われたデモフライトに関することで、書き足さなきゃいけないことがあったのを思い出したので、書きます。

 さる7月22日、46年ぶりに日本の陸地で皆既日食を観察することができました。沖縄でも90%近くの日食が見えるということで、辺野古のテント村でも、みんなで日食グラスを回しながら観察していました。

 さあ!もうほとんど太陽が消えるというその時!!

 米軍ヘリが3機編成でやってきて、キャンプ・シュワブ内のヘリパッドに着陸し、まるで皆既日食の観察を邪魔するかのように、テント村の真上を爆音を撒き散らしながら、飛んでいったのです。

 みんな開いた口が塞がらないといった感じで、頭上を飛んでいく米軍ヘリを見ていました。かなり低空を飛んでいたので、米兵の顔も見れるんじゃないかと思うほどでした。

 そのことを後で妹に話したら、「みんな上を向いてたから、自分たちのことも見て欲しかったんじゃないの」という返事が返ってきたので、たしかにそうかもと、納得しました。

 この日に限らず、ほぼ毎日、米軍ヘリは辺野古近くを通過して、北部訓練場へと向かっていきます。時には戦闘機も飛んでいきます。戦闘機はさすがに低空では飛びませんが、それでもすごい爆音を立てて飛んでいきます。

 だから、先日のデモフライトでは決まった経路でしか飛びませんでしたが、実際はどこからでも飛んでくるということは、みんなわかっています。基地ができてしまえば、約束を破ろうと関係ない、というのが米軍のスタンスなのです。

 米軍基地は何も陸にあるだけではありません。海にも、空にも米軍基地はあります。陸・海・空の米軍基地を合わせたら、とんでもない広さになります。そのことも頭に入れて、沖縄が米軍にどれだけ支配されているのかを考えなければなりません。

 これで、辺野古や高江に新しく基地が造られてしまったら、周辺住民は一体どれだけの被害を被るのか?おそらく想像しているよりもはるかにひどい被害が出ると思います。

 また、米軍基地の存在は周辺住民だけでなく、日本全体にも被害をもたらします。その最悪の被害は、「戦争」という形で襲いかかってきます。

 だから、基地を造らせちゃいけない!!何としてでも阻止しなきゃいけない!!むしろ、沖縄、そして日本から米軍をアメリカへ送り返さなきゃいけない!!!

 今回のデモフライトにだまされず、何としてでも基地建設は阻止しなきゃいけないと思う、今日この頃です。

※皆既日食の日に飛んできたのは、前後にプロペラがある「CH46」という機種だと思います。
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by kohtaboy_gabihan | 2009-09-13 12:30 | テント村

テント村の看板犬 「ポチ」

 辺野古のテント村には、「ポチ」という看板犬がいます。

 この犬は、辺野古のある漁師から、「自分では飼育することができなくなってしまったから、代わりに飼ってくれないか」と頼まれ、テント村の方で引き取って、育てている犬です。

 この漁師は、海上でのボーリング工事を阻止する行動が行われていた時は、防衛局に作業船としてチャーターされ、阻止行動をする人たちと闘っていました。

 しかしながら、その漁師は、最初はテント村の人たちを「敵」だと思っていたそうですが、時が経つにつれ、そうではなかったことに気付き、やがて、自分の犬を代わりに育ててくれないかということまで、テント村の人達に話せるほどに打ち解けていったのです。

 なので、最初は「敵」だと思っていた相手でも、暴力を振るうことなく、長く根気よく対話をしていけば、いづれは血の通った人間的な付き合いができることを、ポチは証明しているのではないかと思います。

 ポチはとても人なつっこく、知らない人には全く吠えず、一度散歩に連れてった人や餌をあげた人には、ねだってすごく吠えます。というわけで、一度行われた番犬テストには、見事不合格となりました(笑)

 また、海が嫌いらしく、絶対に海には近付こうとしません。でも、無理やり海に連れて行かされると、必死に犬かきをして、戻ってきます。たまに船に乗って、海に出ることもあります。もちろん、船に乗るのも嫌がってます(笑)

 テント村のポスターにも載るほどの人気犬のポチに、ぜひ会いに来てください。そのついでに、辺野古の基地建設問題のことも知っていってもらえるとうれしいです。。。
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テント村の看板犬「ポチ」
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by kohtaboy_gabihan | 2009-07-23 12:57 | テント村

辺野古のテント村

 辺野古のテント村は、2004年に作られ、それから今まで休むことなく続き、座り込み日数は1900日を超えました。テント村ができる前は、辺野古のおじいやおばあたちが1997年に「命を守る会」を結成し、約8年間(2639日)活動してきました。その後は、ヘリ基地反対協議会が命を守る会の活動を支援する形で引き継ぎ、テント村の運営管理をしています。命を守る会の活動から数えると、辺野古の新基地建設反対運動は、現在まで約12年以上経過しています。

 テント村は朝8時から夕方16時まで毎日活動しています。海上阻止行動をしていた時は、朝5時頃から船を出したり、24時間体制で活動していた時期もあったそうです。

 辺野古のテント村には、常連メンバーや定期的に参加される人達、沖縄に来てから辺野古のことを知って訪れた人達など、様々な人達が座り込みに参加しています。年齢、職業、宗教も多種多様で、学校の先生、生徒から政治家、サラリーマン、主婦、フリーター、牧師、僧侶など、全国各地から、時には海外からも多くの人達が集まります。また、週に一度は辺野古のおじいやおばあたちがテント村に来て、うちなーぐち(沖縄の言葉)でゆんたく(おしゃべり)をします。このように、辺野古に行くたびにいろいろな人たちから話を聞けるので、とても面白く、また勉強にもなります。

 これ以外にも、日本各地から修学旅行生や労働組合員の人たちなどが訪れ、基地建設問題についての説明を聞いたり、実際に船で海に出て、建設予定地を見たりしていきます。辺野古を訪れる人はみんな、「このきれいな海に基地は作ってはいけない」という思いを抱いて、帰っていきます。辺野古にいると、今回の基地建設問題がいかに関心の高い問題かがよくわかります。

 辺野古のテント村の反対運動は、沖縄本島近くにある伊江島で、戦後米軍から強制的に奪われた自分たちの土地を取り戻すための闘いを引っ張ってきた阿波根昌鴻(あはごん しょうこう)さんの「完全非暴力」の精神を大切にしています。それはつまり、「弱さ」を武器にして闘うということです。

 海上阻止行動の時にも、防衛局の作業員から暴力的行為を受けても、こちらからは一切暴力は振るいませんでした。相手が大型船でやってきても、こちらは小型船やカヌーで立ち向かい、「大型船は小型船の通行を妨害してはいけない」という海上のルールを利用して、闘いました。「弱くても、たくさん集まれば強いものに立ち向かえる」ということを証明し、最終的に辺野古沖の海上基地建設を断念させることに成功しました。

 そのせいかわかりませんが、辺野古のテント村には女性の方がたくさん参加しています。たとえ、相手が体格のいい米兵や作業員であっても、知恵を絞れば、「弱さ」を武器にして闘うことができるのです。

 もし、辺野古のテント村の座り込みに興味をもったら、沖縄に来た時に一度立ち寄ってみてください。テント村までの行き方は、「辺野古浜通信」の左欄に書いてあります。

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辺野古のテント村。目の前にはきれいな海が広がっています。
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内部では、ジュゴンや海上阻止行動の時の写真などが展示されています。写真横には、千羽鶴ならぬ「千頭ジュゴン」が飾ってあります。
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テント村の座り込みは1900日以上続いています。
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by kohtaboy_gabihan | 2009-07-17 14:39 | テント村