海と山を結blog☆


山は海に流れ流れて、海は山に降りそそぐ。全てのいのちはめぐりめぐる。
by kohtaboy_gabihan
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憲法と安保
from 辺野古と高江に軍事基地は作ら..
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普天間基地よ、どこへ行く・・・

 相変わらず、日替わりのように飛び出す閣僚の発言・失言には、あきれてしまうばかりです。

 先日のゲーツ国防長官の来日を契機に、鳩山政権は、当初の「県外移設」を一転させ、「県内移設」に傾き始めています。アメリカの「恫喝」的外交の前に、自公政権時と同じように、ひれ伏してしまうのではないかと心配でなりません。

 北沢防衛相は、辺野古への移設案を肯定し出し、岡田外相は、嘉手納基地への統合を検討し始めています。鳩山首相は、「県外移設」と言いながらも、はっきりとした代替案を提示することができず、問題をどんどん先送りにしています。

 琉球新報(記事名をクリックすれば記事を読めます)
 「防衛相「辺野古は公約内」 首相疑義、「閣内不一致」露呈」(10/28)
 「普天間 嘉手納統合案 岡田克也外相、米と再交渉に意欲」(10/28)
 「普天間の嘉手納統合案 嘉手納町議会、岡田外相に撤回求める」(10/28)

 北沢防衛相も、岡田外相も、「普天間基地の危険性を早く除去するため」という理由で、「県内移設」を容認していますが、そもそも普天間基地を県外に移設するには、また計画を一から練り直さなければいけないのだから、時間がかかるのは、彼らも十分にわかっていたはずです。しかも、基地を受け入れたいなんていう自治体があるわけないのだから、なおさらです。

 なのに、「普天間基地の危険性を何年も放置しておくわけにはいかないから」というのは、明らかに矛盾しているし、こうした論理で県内移設を容認する姿勢は、自公政権とほとんど変わりません。

 選挙前からずっと「県外移設」を主張し続け、その言葉に期待を抱いたからこそ、沖縄県民は民主党を中心とした連立政権を歓迎し、県内選出の衆参両議員は全員、辺野古への基地建設に反対している人が選ばれたのです。

 その主張を、政権発足後1ヶ月足らずで変更し、「県内移設」を検討し始めるというのは、沖縄県民をだましたとしか言えません。代替案を提示するのに、長期間の検討が必要なことは認識していたはずなのに、こんなにも早く挫折するという姿勢は、「県外移設」と言ってきたのは、選挙で勝ちたかったから、沖縄県民の票集めのために言ってきたのか、という疑問を抱かせます。

 鳩山首相は、おとといの所信表明演説の中で、「沖縄の方々が背負ってこられた負担、苦しみや悲しみに十分に思いをいたし、地元の思いをしっかり受け止めながら、真剣に取り組む」と言いましたが、その言葉は現実行っていることと大きく乖離しています。沖縄の人々に対して、どれだけの誠意を込めて、語ったのでしょうか?

 しかし、民主党は、政権を獲るために「県外移設」を主張してきたわけではないと思います。おそらくアメリカ政府からの圧力が予想以上に強かったからではないかと、僕は考えています。その圧力の前にひれ伏してしまったら、前の自公政権と同じような道をたどってしまいます。

 そうならないためにも、鳩山連立政権を市民が後押しして、沖縄から基地が減っていくようにしなければなりません。

 ところで、よく思うのですが、「基地がほしい!ほしい!」と言っているアメリカは、そんなに戦争がしたいのでしょうか?核兵器をなくして、核のない戦争をしたいのでしょうか?そうした姿勢のどこが、「国際協調外交」なのか、さっぱりわかりません。

 今度オバマ大統領が来日した時に、鳩山首相が、「オバマさん、アメリカは、いつまで戦争を続ける気ですか?」と、聞いてくれないかな、と淡い期待を抱いています。

 それが言えたら、対等な日米関係への道が開けてくるのになぁ・・・

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 今、キャンプ・シュワブ内では、普天間基地移設に伴う兵舎等の建設が急ピッチで行われ、一日に何十台ものダンプカー等が基地に入っていきます。

 本来なら、これらの建物の建設に関しても、アセス調査が行われなければなりませんが、防衛局は、「普天間基地移設とは関係のない事業」として、アセスを行わずに建設しています。

 今は、「関係がない」と言っていますが、いざ完成した時には、「もう基地が移設してもいいように、建物を造ってしまったんだから、予定通り基地を造らなきゃいけない」という論理にすり替わるんじゃないか、と心配です。
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by kohtaboy_gabihan | 2009-10-28 13:59 | 普天間問題

辺野古アセス訴訟 2

 先日投稿した辺野古アセス訴訟の記事に関して、原告の訴えに対する国側の答弁内容に若干間違いがありました。

 国側は、「現在のアセス法では、意見を提出できる国民の個人的な権利は保障されていない」という理由で、損害賠償請求の棄却だけでなく、やり直し義務の確認の訴えも却下するように求めました。

※沖縄タイムス 「原告「意見の機会失う」普天間アセス訴訟第1回口頭弁論 国は却下求める」(10/22)
 琉球新報 「普天間アセスやり直し訴訟 原告「違法」と指摘」(10/22)

 簡潔に言うなら、国側は、「事業主(国)のやることにいちいち文句を言う権利は、国民にはない。お前らは黙って見ていろ」と、言ったようなものです。こんな論理が許されてしまったら、アセス法は何の意味ももちません。ただ事業主の思うように使われてしまうだけです。

 自分の住んでいる地域の自然が破壊される危機にあるのに、強引に破壊しようとする者に対して、事業を再度考え直すように求めることができないというのは、あまりにも理不尽です。

 現在の環境影響評価法は、施行後10年目に見直しをすることになっており、今年の6月から見直し作業が始まっています。

 したがって、このアセス訴訟をきっかけに、完成度の低い現在のアセス法が、住民の意見を尊重するより良い法律に改善されるように働きかけていかなければなりません。

 というわけで、次回の裁判は12月25日に開かれますので、もっと多くの人に関心をもってもらわなければ、と思っています。

※ヘリ基地反対協議会のホームページで、21日の裁判において意見陳述をした安次富さんと東恩納さんの意見陳述書を読むことができますので、ぜひ覗いてみてください。
 「ヘリ基地反対協議会 辺野古・違法アセス訴訟」 ←クリックすれば、ホームページにリンクします。
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by kohtaboy_gabihan | 2009-10-25 15:23 | 辺野古(へのこ)

満月まつり

 先日18日に、大浦湾側にある瀬嵩(せだけ)の浜で、満月まつりが開催されました。
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 本当は、10月4日の満月の日に開催される予定でしたが、台風の影響で18日に延期されました。

 この日は新月ということで、「満月まつり」ならぬ「新月まつり」となりました。

 僕は午前の会場作りから参加して、ステージやテントの設営を手伝いました。この日はそれほど暑くなく、とても心地よい気候でした。

 「浜でお祭りをやるなんて、沖縄らしいな」と思いながら、ステージを建てたり、テントを張ったりしました。
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 イベントは午後4時30分から始まり、まず最初に、辺野古の基地反対運動をたたかっているおじいのリードで御願が行われ、その後コンサートが始まりました。

 今回のイベントには、県内外で活躍するウチナー(沖縄)のアーティストが参加しました。琉球民謡歌手の金城繁さんや、フォークシンガーのまよなかしんやさん、高江のロックバンド・スワロッカーズ、名護市民と高江住民によるフラダンスチーム・フラムーンズなどによる、素敵なコンサート、パフォーマンスがあり、会場はとても盛り上がりました。

 また、演奏の合間に、辺野古や高江、泡瀬干潟関連のグッズがもらえる抽選会やミニシアターもあったりして、会場に来た人は皆楽しんでいました。
 
 さらに、泡瀬干潟を守る会や高江のヘリパッドいらない住民の会による、それぞれの地域の問題を紹介するブースがあったり、瀬嵩のおばあ手作りの沖縄料理や、手作りカレー、焼き鳥なども売ったりしていました。a0131573_12163183.jpg
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 そして、今回の満月まつりの一番の注目は、地元瀬嵩の青年会によるエイサーでした。

 これまで10回の満月まつりが行われてきましたが、地元からは「反基地のためのイベント」という風に捉えられ、敬遠されている感があったそうです。

 しかし、このイベントは、ただ単に「反基地」を叫ぶようなイベントではなく、「基地がなくても、生活できるんだ」という意識を高め、まちおこしの起点となれるように始められたのです。

 そしてついに、11回目(11年目)にして、地元瀬嵩区の青年会が参加することになったのです。

 瀬嵩青年会のエイサーが最後のトリを務めることになりましたが、エイサーが始まったとたん、会場は大盛り上がりとなり、最後には「唐船(とうしん)ドーイ」を、観客も参加して、みんなでカチャーシーを踊りました。イベントの最後にふさわしい、とても素晴らしいエイサーでした。
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 最後に、瀬嵩に住み、反基地運動をたたかい、満月まつりを引っ張ってきた渡具知(とぐち)さんと東恩納(ひがしおんな)さんが、終わりの挨拶をしました。

 渡具知さんも、東恩納さんも、地元青年会のエイサーにとても感動していました。「もし広大な基地が造られ、自分達の生活を支えている海が破壊されてしまったら、我々は一体どこへ行けばいいのか」と、渡具知さんが言った言葉が胸に深く刺さりました。「日米安保というのは、少数の人の犠牲によって成り立っているのだ」ということを、肌で感じました。

 東恩納さんも、「この満月まつりを契機に、地元のまちおこしをもっと盛り上げていきたい」と、熱く語りました。この言葉に、地元の青年会のメンバーからも、「今までは地元以外の人に満月まつりを引っ張ってもらいましたが、今度は自分達がこの祭りを引っ張っていきます」という力強い返事があり、観客からも期待のエールが贈られました。

 今回初めて満月まつりに参加しましたが、手作り感あふれる、とても楽しいイベントでした。この祭りをきっかけに、基地に頼らないまちおこしが成功するといいな、と思います。

 イベント終了後、最後の片付けまで手伝って家に帰りましたが、重い機材などをたくさん運んだせいか、翌日、両腕が筋肉痛でした(笑)
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by kohtaboy_gabihan | 2009-10-24 13:44 | 辺野古(へのこ)

防衛局への抗議行動

 10月13日に、高江住民が沖縄防衛局に出向いて仮処分取り下げを求める要請行動があり、僕も参加してきました。

 仮処分のことは前にも書いたように、防衛局が、ヘリパッド建設に反対している住民達に対し、妨害行為をしているとして、仮処分手続きを申し立て、司法の力で住民を排除しようとした事件です。

 今月3日に、裁判官による高江現地進行協議が行われ、10月13日をもって、双方の最終的な意見提出の締め切りとなりました。そして現在、裁判所の決定がいつ出てもおかしくないという状況です。

 政府は、住民等がヘリパッド建設工事を妨害していると主張していますが、申し立てから1年が経っても、肝心の妨害行為の特定すらなされていない、という有様なのです。

 そこで、この不当な申し立てを、判決が下される前に取り下げてほしいという思いで、高江の人達は防衛局に要請行動に行ったのです。

 午後2時半に、嘉手納町の役場前に集合し、集会をした後、隣接する沖縄防衛局に向かいました。この要請行動に、社民党の山内徳信参議院議員も駆けつけてくれました。
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 この要請行動に約50人程集まりましたが、建物内に入れるのは15人だけだと言われ、僕は他の人達と共に玄関前で待っていました。普段は誰でも出入り可能な防衛局ですが、こういう時は人数制限をするようです。

 玄関には、3人の職員が立っており、その後ろにも何人もの職員が立っていました。高江で座り込みをしているおじいが、彼らに向かって必死に抗議していましたが、彼らは険しい表情のまま、ずっと下を向き、黙っていました。また、涙ながらに訴えている女性もいました。これが民主主義国家の光景なのか、と思うと、憤りの念がわいてきます。
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 それにしても、沖縄防衛局の建物は新しく、立派なものでした。この建物は、2年前に嘉手納町が防衛局を那覇から誘致して、建てられたものです。誘致に関し、どういった経緯があったのかはわかりません。米軍の嘉手納飛行場のすぐ隣にあり、戦闘機の爆音が響き渡っていました。
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 話し合いは、30分程で終わるかと思いましたが、1時間近く経って、高江の人達が戻って来ました。話し合いが長くなったのは、山内徳信議員が粘り強く抗議してくれたからだということでした。話し合いと言っても、実際には話し合いではありませんでしたが・・・

 要請行動後に、防衛局前の広場でもう一度集会を行い、どういう内容だったのか聞きました。防衛局の広報官が2人対応したそうですが、こちら側が何を言っても、「控訴中だからコメントを差し控えます」、「それは担当でないのでわかりません」、「上に伝えます」の3点セットで、全く議論の進展がなかったそうです。
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 昨年、仮処分の申し立てが起こされた直後に、防衛局に抗議に行った時は、玄関で門前払いされて中にも入れなかったそうです。その時に比べたら、政権交代によって、防衛局の態度も少し変わったのかもしれません。

 しかしながら、5月に辺野古における違法調査の中止要請に県庁に行った時と同じように、県や政府は最初から話をできない人を出してきます。権力をもった人間は、いつも隠れている。なんとも卑劣なやり方だ。そういう人達が、民主主義国家の重要な役職に就いているわけだから、おかしなことだし、やるせない。

 それを分かっていても、抗議に出向かなきゃいけないのです。声を上げなければ、相手の思うようにやられてしまいます。

 今、高江の仮処分申し立ては、裁判所の判決がいつ出てもおかしくない状況です。判決が出たら、防衛局がヘリパッドの建設作業に乗り出す可能性が高いです。

 一つ問題なのは、辺野古の基地問題は大きく騒がれているのに、高江のことはほとんどクローズアップされません。沖縄県内でも、高江のことを知っている人は決して多いとは言えません。

 だからこそ、辺野古の基地問題の陰で、防衛局が高江のヘリパッド建設に着手する可能性があります。高江のヘリパッドを作った後で、「もう高江にできてしまったんだから、辺野古にも作らざるを得ないでしょ」という論理が出てくることも考えられます。

 辺野古のことも重要ですが、それと同時に高江のことにも、目を向けていかなければなりません。やんばるの豊かな森が米軍基地建設によって破壊されないように守っていくためにも、高江の問題に一人でも多くの人が関心をもってくれることを願ってやみません。
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by kohtaboy_gabihan | 2009-10-22 22:30 | 高江(たかえ)

辺野古アセス訴訟

 今日ついに、辺野古における普天間代替施設建設に関する環境影響評価(アセスメント)の違法性を争う裁判が、那覇地裁で行われました。

 現行中の環境アセスメントの違法性を問う裁判は、国内でも初めてのことだそうです。

 原告団には、県内外から600人を超える市民が加わり、僕もその一人です。

 今日は開廷1時間前の10時に集合し、事前集会を行いました。多くの市民が訪れ、マスコミも多数来ていました。
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 事前集会では、原告団長の安次富(あしとみ)さんと、名護市議会議員でもあり、原告団事務局長でもある東恩納(ひがしおんな)さん、そして弁護団長の三宅さん等が裁判に向けての意気込みを主張し、士気を高めました。
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(左が原告団長の安次富さん、右が東恩納さん)
 裁判は午前11時の開廷でしたが、傍聴席が少ないということで、事前に傍聴席の抽選が行われました。僕は、運よく当たり、実際に法廷の場に入ることができました。

 まずは、原告側からの意見陳述ということで、安次富さんが沖縄の歴史を通して、今回のアセス手続きの不当性を力説しました。それに続いて、東恩納さんが辺野古や大浦湾の海を見ながら育ってきたという点から、自分の生活を支える海を基地建設によって壊したくない、という思いを熱く語りました。

 次に、原告側の弁護団が今回の訴状の内容を説明し、その後、被告である国からの意見陳述がなされました。

 今回のアセス訴訟は、防衛局によって作成された杜撰な方法書や準備書を、国側がもう一度作成し直す義務がある事を確認するための訴えと、市民が意見陳述の機会を奪われたことに対する国家賠償請求の二本立てで提訴しました。

 しかしながら、国側は損害賠償のことだけに触れ、環境影響評価法では、個々人に対する意見陳述の権利の保障はしておらず、国民一般に言及するものであるから、賠償請求は不当だ、というだけで環境アセス手続きのことに関しては、触れませんでした。というよりは、おそらく触れることができなかった、といった方が正しいのかもしれません。

 僕はそんな裁判のやりとりを見ていて、「そもそもなんでこんなことになってしまったんだろうか?」と、思いました。

 防衛局が、市民とちゃんと話し合って、アセス手続きをしていれば、こんなことにはならなかっただろうし、事態はもっと別の方向に向かっていたはずです。

 しかしながら、防衛局を含む政府がそれを拒み、アメリカとの間で交わした2014年完成を優先したために、アセス法を無視した手続きを行い続け、結局、裁判という形でしか対話ができないという状況になってしまったのです。防衛局の職員も、自分達が間違ったことをしているということは認識していると思いますが、やはり、アメリカには逆らえないということなのでしょうか?

 その地に住む市民より、遠くのアメリカを大事にしてしまう日本のどこが民主主義なのか、と疑問を持ってしまいます。そして、「アメリカとは、一体何者なんだろう???」と、考えざるを得ません。

 米兵に知り合いがいるという人の話によると、その米兵は今月、沖縄からアフガニスタンに派兵されるそうです。派兵される期間は、なんと5年間だそうです。5年間も戦場にいることは非常に過酷なことですが、そこまでして、出口の見えない「テロとの戦い」を続ける意味はないように思います。

 現在、ゲーツ国防長官が来日していますが、やはり辺野古の基地建設に固執しています。来月には、オバマ大統領がやってきますが、おそらく同じことを言うと思います。

 核兵器の削減も大事ですが、基地の削減についても目を向けていかなければなりません。米国は、世界130ヵ国に、約1000ヵ所もの海外米軍基地を持っていると言われています。それらの地域では、沖縄と同じように、基地被害に苦しんでいる人達がいるのです。

 話が逸れてしまいましたが、次回のアセス裁判は、クリスマスの12月25日に行われることになりました。

 今後もしっかりとアセス裁判を見守っていく必要があります。一人でも多くの人が、辺野古アセス裁判に関心を持ってもらえるよう、願っています。

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 アフガニスタンに行くための訓練でしょうか?昨日、1台の装甲車がシュワブの浜でずっと走り続け、浜は荒らされていました。
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by kohtaboy_gabihan | 2009-10-21 21:19 | 辺野古(へのこ)

普天間基地移設問題 迷走中

 何かおかしい・・・

 政権交代が実現して、普天間基地の辺野古への移設計画が撤回の方向に向かうかと思ったら、政府の曖昧な発言が繰り返され、どこに向かうのか全くわからない。

 鳩山首相の発言にはとてもがっかりしてしまう。「県外移設の方向で米国と交渉する」と言ったにも関わらず、「沖縄県民の総意を大切にしたい」と言って、沖縄県民の意見を待ったり、今度は「名護市長選の後に方向性を決めたい」と言って、名護市長に意見を委ねている。

※沖縄タイムス 「普天間移設 来夏に判断 鳩山首相」

 一方、仲井真県知事も「県外移設がベスト」と言いながら、「普天間基地の危険性をいち早く取り除くためには、県内移設もやむを得ない」と発言して、曖昧な態度をとっている。また、知事は「県外移設を主張している政府が、先に方針を示してくれないと困る」と言って、国に責任を預けている。

 島袋名護市長も同じように、「国の姿勢がはっきりしてくれないと困る」と言っている。

※沖縄タイムス 「普天間の「順序が逆」と知事」
 琉球新報 「普天間移設先 政府蒸し返し、知事「うんざり」」

 鳩山首相は、沖縄県民の総意を聞きたいと言っているが、8割以上の沖縄県民はずっと「基地建設反対」を訴えてきた。反対の意見が10割にならないのは、「基地と経済」の記事でも書いたように、反基地の意見を封じ込めるために、政府が基地関連のお金をばらまいてきたからだ。

 さらに、沖縄県議会は、辺野古基地建設反対の決議を行っているし、先の衆議院選挙では、当選者全員が辺野古の基地建設に反対している。

 こうしたことからも明らかなように、大多数の県民が一貫して、辺野古の基地建設に反対している。

 にもかかわらず、首相が依然としてはっきりしない発言ばかりをしているのは、やっぱりアメリカを恐れているからだ。

 首相にしても、知事にしても、市長にしても、みんなアメリカに「辺野古の基地建設はやめましょう」と言うのを恐れている。「そんなにアメリカという国の存在は大きいのか」と、思ってしまう。

 アメリカは、自民党政権下で決めた日米合意を堅持し、辺野古の基地建設に対して強硬な姿勢をとっている。基地建設の費用は日本側が負担するのだから、アメリカがそれを譲ろうとしないのも当然だ。

 政権が交代してから、続々と米国政府の高官が来日している。来月には、オバマ大統領が来る予定だ。みんな、「日米合意を見直す気はない」と言うために、民主党政府に圧力をかけに来ている。

 オバマ大統領は、「核なき世界」を提唱してノーベル平和賞を受賞したけれど、「基地なき世界」や「戦争なき世界」は言わなかった。それどころか、アフガニスタンに米兵を増派して、終わりなき「テロとの戦い」を続けているし、その米兵達は、おそらく沖縄から出兵している。だから、日米合意を見直す気はなく、辺野古の海に基地を建設しようとしている。

※沖縄タイムス 「普天間沖合移動 知事「沖合だけじゃない」」
           「県 米の誘導に不快感/普天間移設沖合移動/政府内 警告との見方」
 琉球新報 「「市の気持ちくみ取ってもらった」 島袋名護市長 「普天間」米高官発言」
        「米、滑走路沖合移動に容認姿勢 普天間「微修正」妥協も」

続きはこちら・・・
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by kohtaboy_gabihan | 2009-10-19 16:09 | 普天間問題

9.29 県民集会

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 先月29日に、那覇市県庁前の県民広場で、2年前に行われた「教科書検定意見撤回を求める県民大会」での決議の実現を求める「9.29県民大会決議を実現させる県民集会」が開催されました。

 集会は、平日の午後6時から行われたにもかかわらず、多くの人達が集まり、会場は熱気を帯びていました。主催者発表では、1000人以上の市民が集まったそうです。民主党をはじめ、各政党の代表者がそれぞれ演説をし、駆け付けた市民はみな熱心に聴いていました。

 この教科書問題は、2年前に文部科学省が高校の歴史教科書の検定において、沖縄戦の記述から、「集団自決(強制集団死)」について日本軍の関与があったことを削除するという検定意見を出したことに端を発しました。

 このことに怒った「ウチナーンチュ(沖縄人)」たちは、2007年9月29日に抗議大会を開きました。11万人以上の人々が集まり、復帰後最大規模となる県民大会となったのです。その大会において、国が教科書検定意見を撤回し、「集団自決」の記述を直ちに回復するよう、決議を行ったのです。

 なぜ、これほどまでに沖縄の人々は怒ったのか?

 それは、教科書検定意見が、沖縄の人々の歴史や平和に対する思いを深く傷つけたからです。

 アジア太平洋戦争は、沖縄の人々が起こしたわけではありません。戦争を起こしたのは、日本軍です。当時、沖縄は「日本(大和)」に植民地支配されていたがゆえに、戦争に巻き込まれたのです。

 そして、沖縄でのアメリカ軍と日本軍の地上戦により、多くの人々が命を失い、沖縄は焼け野原と化してしまったのです。戦争が終わって残ったものは、深い悲しみと絶望感だけです。

 沖縄の人々は、そうした思い出したくもない、つらい記憶をずっと胸の中に押しとどめていました。しかし、後世に二度と同じような戦争が起きてはいけないと思い、重く、苦しく、つらい集団自決についての証言を始めたのです。

 だから、集団自決における日本軍の強制の記述を削除するということは、沖縄の人々の戦争で負った悲しみを完全に無視するもの以外の何ものでもありません。さらに、それは過去の戦争を美化し、新たな戦争を起こそうという意図で行われたとしか思えません。

 

続きはこちら・・・
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by kohtaboy_gabihan | 2009-10-17 13:17 | 戦争/ 軍隊/ 歴史

アセス 知事意見提出の翌日

 先日、13日に辺野古基地建設事業についての環境影響評価(アセスメント)の準備書に対する知事意見が沖縄防衛局に提出されました。

 知事意見は、アセス審査会の答申内容をほとんど抑え、準備書に記載された調査項目の全般にわたって、再予測・再検討を要求しました。また、ジュゴンの複数年調査も要求しました。

 そして、その翌日の14日に、辺野古では沖縄防衛局による大々的な調査が行われました。10隻以上の船が辺野古の海上に出て、何度も往来しながら、1日中調査をしていました。

 これほど多くの船が出て調査をしたのは、僕が今年5月に辺野古に来て以来、初めてのことだったので、とてもびっくりしました。不穏な空気が漂う調査の様子を眺めながら、「これが防衛局の知事意見に対する回答なのだろうか」と、思いました。

 前の自民党政権では、2014年までに基地を完成させたいがために、法律なんてお構いなしで、ありとあらゆる手段を使って、調査を行ってきました。

 しかしながら、今回の知事意見を踏まえて再調査を行えば、2014年までには基地建設を終わらせることはできなくなります。

 政権が代わっても、官僚や防衛局の職員は同じ人達だから、すぐに基地建設白紙撤回に方針転換するようには思えません。

 それは、この前北沢防衛大臣が沖縄に来た時に、普段とは違って多くの官僚が同行し、大臣を常に囲んでいたということからもわかります。大臣はキャンプ・シュワブを訪れ、そこから辺野古の海を見ながら、基地建設の説明を聞いたそうですが、曖昧な発言ばかりを繰り返し、明らかに官僚のことを気にしているなという感じでした。

 だから、辺野古の基地問題はまだまだ予断を許さない状況です。政権が代わったからといって喜んではいられません。ここからが正念場になります。ここでもっともっと多くの人が、「基地建設反対!」の声を上げていかなければなりません。

 周りの人に、辺野古や高江の基地問題のことを伝えてもらえるとうれしいです。このブログを他の人にも教えていってもらえれば、感謝感激です。

 本土の大手メディアは、沖縄の基地問題をほとんど報道してくれません。とても重要なことなのに・・・。だから、そういったメディアに頼らない地道な努力で、多くの人に伝えていくしかありません。

 だって、基地なんてどこにもいらないんだから・・・

※知事意見に関する記事
 沖縄タイムス
  社説 「[知事意見] ベストを選択する時だ」
  「全般的書き直し要求 「普天間」アセス知事意見/国の移設方針 決定促す」
  「進む手続き 針路不明/「普天間」アセス知事意見/地元首長は理解」
  「「県外」主張を要望/市民団体ら不満 環境面は評価も」

 琉球新報
  社説 「アセス知事意見 「県外ベスト」有言実行を」
  「普天間アセス知事意見(概要)」
  「首相所信表明を注目 アセス意見書」
  「国姿勢にいら立ち 県も「矛盾」内包 アセス意見書」
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 辺野古の鳥達も、いつもと違う船の多さにびっくりしていたようでした。この日は曇りでかすんでいたので、写真だと空と海の境界線がはっきりわからなくて、不思議な感じです。
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by kohtaboy_gabihan | 2009-10-16 23:14 | 辺野古(へのこ)

2000日集会

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 ついに、辺野古の基地建設阻止の座り込みが先週の9日に2000日を突破しました!命を守る会の8年間の座り込みも入れたら、約13年の月日が経ったことになります。

 13年もの間、辺野古の海に基地を造らせずに闘ってきたというのは、とてもすごいことです。決して多いとは言えない数の人々の粘り強い闘いによって、これまで続けてこられたのだと思います。みんなが「命を守る」ために、「命を懸けて」たたかってきたのです。

 そして、ついに政権が代わり、基地建設を阻止できるとこまできているのです。

 そう思った時、13年間の時の重みがひしひしと伝わってきて、胸が熱くなりました。

 そして、10月10日の昨日、辺野古の浜で、「辺野古新基地白紙撤回、アセス作業の中止を求める座り込み8年+2000日突破市民集会」が開催されました。
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 朝から多くの人が会場設営に来て、浜の掃除をしたり、テントを張ったり、料理を作ったりしました。

 昨日は天気があまり良くなく、準備の途中で雨も降ったのですが、集会の時は雨は降らないでくれたので、雨に濡れることもなく、無事に開催することができました。

 集会には、約350人の人達が訪れ、辺野古の浜はいつになく賑やかでした。米軍も台風で壊れたフェンスを撤去して、こっちに参加したらいいのに!と、思いました。

 会場では、食べ物の屋台の他にも、辺野古・大浦湾に棲む生物の写真展が開かれました。
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 集会では、社民党の山内徳信参議院議員、沖縄社会大衆党の糸数慶子参議院議員が辺野古基地建設白紙撤回に向けて演説をしました。他にも共産党の赤嶺衆議院議員や民主党の瑞慶覧(ずけらん)衆議院議員らがスピーチをし、沖縄県内各地から集会に来た人達は、幟を掲げながら熱心に聞いていました。

 そして最後に、ヘリ基地反対協議会の安次富(あしとみ)さんがガンバロー三唱を行って、参加者全員で「ガンバロー」と声を上げ、基地建設阻止に向け、決意を新たにしました。

 その後は、朝からテント村の人達が心を込めて作った料理を食べ、地元のミュージシャン達のコンサートを聴きながら、ゆったりとした時を過ごしました。

 昨日の2000日集会は決しておめでたいことではありませんが、これまでの座り込みの慰労会といった感じで、日々の座り込みの緊張感から解放され、楽しい時を過ごすことができました。
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 でっかい鍋で豪快に作った伊勢海老の味噌汁、うまかったぁー!!他の料理ももちろん、おいしかった!!今度は基地建設が白紙撤回された時に、喜びの集会をして、そこでまたエビ汁を食べたいなぁー、とそんなことを思ってました。
 
 コンサートでは、金城繁さんが三線で沖縄の歌を歌いだすと、居ても立っても居られなくなった「うちなーんちゅ(沖縄人)」が踊り始め、テント村村長の当山さんも楽しそうに踊っていました。

 やっぱり、浜は、戦車が訓練するとこじゃなくて、みんなで歌ったり、踊ったりするとこでしょ!!!
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by kohtaboy_gabihan | 2009-10-11 13:48 | テント村

台風18号

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 上の写真は台風が来る前のものです。昨日は台風の接近に伴い、波が非常に大きく、リーフには巨大な波が打ちつけていました。テント村も台風に備え、骨組だけを残して全て撤去しました。辺野古漁港の船も全て陸に避難していました。

 しかし、台風接近にも関わらず、米軍ヘリが3機編成で辺野古海上を飛んで行きました。しばらくしたら、また戻ってきて、普天間基地方面に帰っていきましたが・・・

 大浦湾側の瀬嵩(せだけ)の浜では、「今がチャンス!」とばかりに、サーファー達が集結していました。
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 これらは台風が去った後の今日の写真です。沖縄本島には夜中に接近しましたが、上陸はしなかったので、大きな被害はありませんでした。

 しかしながら、波は思った以上に強かったらしく、一番左上の写真を見てもわかるように、浜の入口までゴミや海藻が打ち揚げられていました。そして、浜の有刺鉄線は、再び大きく折れ曲がっていました。おそらく近いうちに、米兵達が修復しに来るでしょう。8月にも壊れて修復したばかりなんだから、もう修復せずに撤去したらいいのに・・・と思ってしまいます。

 今日はテントの張り直しはせず、命を守る会の事務所で座り込みをしました。

 いよいよあさってには、テント村の座り込みが2000日を迎えます。それまでの命を守る会の反対運動も足したら、辺野古の基地建設阻止のたたかいは13年にもなります。これほど長い期間をたたかい続けることは、本当にすごいことです。僕も少しでも反対運動の力になれたらと思って、ブログを書いています。

 今週の土曜日には辺野古の浜で2000日集会が午前10時ごろから開かれます。来れる人はぜひ来てください。海案内や屋台もあります。集会の様子は、また追ってブログで取り上げます。

 基地建設阻止に向けて、がんばりましょう!!
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by kohtaboy_gabihan | 2009-10-07 23:10 | 辺野古(へのこ)