海と山を結blog☆


山は海に流れ流れて、海は山に降りそそぐ。全てのいのちはめぐりめぐる。
by kohtaboy_gabihan
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憲法と安保
from 辺野古と高江に軍事基地は作ら..
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高江仮処分事件、本裁判へ

 先週は厳しい市長選で稲嶺進さんが見事当選し、人々が喜びに浸かっていたのもつかの間、おととい29日に、防衛省は高江住民に対して起こした仮処分申し立てを、本裁判に持ち込むことを決定してしまいました。なんとも残念なことです。。。

 明日1日には、沖縄防衛局が高江区で住民に対し、工事の説明会を行うようです。

 提訴しないよう要請するために、東京の各省庁に出向いたり、署名を提出したばかりなのに、結局民意を無視した政府の対応に憤りを感じます。

 高江の状況は、辺野古とは対照的に、政権交代後もほとんど変わっていません。今回の本提訴は、政権交代後も官僚組織があまり変わっていないことを如実に示しています。(官僚から政治主導へと言っていたのはどこの党でしたっけ???)

 マスコミも高江のことをほとんど取り扱ってくれません。地元沖縄のマスコミでさえも、辺野古と比べたら、報道のされ方はとても小さいです。

 辺野古に造られようとしている巨大な飛行場&軍港と比較したら、高江に建設予定のヘリパッドは小さなものかもしれません。でも、そこに住む人々にとって、それは死活問題なのです。

 現在でさえ、昼夜構わず飛んでくる米軍ヘリの騒音に悩まされているのに、今度配備される予定のオスプレイが飛んできたら、高江住民の生活は悲惨なことになります。

 いつも思うことですが、大きな権力組織は決まって少数の人々を狙い撃ちします。辺野古は人口約2000人の小さな地区だし、高江はさらに少ない160人程度の集落です。

 「多数の人間のためなら、少数の人間が犠牲になってもかまわない」

 政府の姿勢からは、そんな悪意がいつも見え隠れします。

 「人の命の重さは皆同じだ」

 もしそう言うのなら、思うのなら、その通りに動くべきなはずです。

 でも、巨大な権力を握る政府は、口ではそんなことを言っても、なかなか行動に移さない。だから、一般市民が、権力はないけれど、連帯してたたかっていかなきゃいけない(もちろん、非暴力で!)。

 昨日は東京の日比谷公園で、辺野古新基地建設に反対する大規模な集会が開かれ、約6000人もの人々が参加したというニュースを聞き、とてもうれしく思いました。

 沖縄の声・想いが海を越えて、いろんな人達を巻き込んでいる。

 やっぱり、市民の力は侮っちゃいけない!!

※高江に関するニュース(記事をクリックすれば読めます)

 沖縄タイムス
 
  『人権の砦利用 民主も継承 高江住民を国提訴』

  『住民の期待落胆に 「徹底的に闘う」』

  『国側が提訴 高江ヘリパッド 来月1日工事説明会』

  『「民意聞け」6000人の声 普天間移設 東京で集会』

 琉球朝日放送(こちらは動画です)

  『米軍ヘリパッド建設 国が住民を提訴』

  『普天間返還・辺野古反対 全国260議員共同声明』
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by kohtaboy_gabihan | 2010-01-31 12:14 | 高江(たかえ)

稲嶺新名護市長誕生!!

 もうテレビや新聞の報道で皆さんご存知だと思いますが、名護市長選は基地反対を掲げた稲嶺進さんが見事当選を果たしました!!

 約1600票差という僅差での勝利でしたが、13年間基地に絡め取られてきた名護市政がついに変革の時を迎えました。

 僕自身は、期日前投票が空前の多さだったので、正直稲嶺さんが負けてしまうのではないかと思っていました。当日はバイトが早く終わったので、結果を見に稲嶺陣営の選対本部に行ってみると、大勢の人が集まっており、仮設テントの中では多くのカメラマンが稲嶺さんの会見を待ち構えていました。

 とても緊迫した雰囲気があったので、まだ結果を待っているのだと思っていたら、周りから「良かった」「勝った」という声が聞こえてきたので、稲嶺さんが当選したことを知り、ほっとしました。

 しばらくしてから、勝利のバンザイ三唱が行われ、稲嶺さんがあいさつをしました。稲嶺さんの感謝の弁に涙ぐむ人もいて、僕も胸が熱くなりました。

 これで辺野古への基地移設の可能性は、ゼロになったわけではありませんが、とても低くなりました。13年もの長いあいだ、基地を造らせないという一心で、様々な圧力にも屈せず、反対の意志を貫き、行動してきた人達の思いがこれで報われたことを想うと、「本当に、本当に、よかったなぁ」という思いでいっぱいです。

 また、この勝利の裏には、沖縄内外の大勢の人の思いや行動があったことにも思いを馳せると、市民の力がどれだけ強いもので、人と人とのつながりがいかに大切なものかを、改めて感じさせられました。

 今回の勝利は、基地建設阻止に向けての新たな(おそらく最後の)スタートです。これからが本当の勝負になってきます。

 長年に及ぶ「アメとムチ」の国家政策で歪んでしまった名護市の経済を立て直すことは容易なことではありません。今後、名護市民が稲嶺市政をどれだけサポートできるかが重要になってくると思います。

 選挙は、「勝ち」「負け」で語られてしまいますが(僕もそうですが)、それだけに終始してしまうのは良くありません。選挙はあくまで市民の「民意」を汲み取るための手段の一つだと、僕は考えています。

 落選した島袋氏を支持した人達を、「負けた側についていたから」と言って切り捨ててしまうのではなく、同じ一つの街に住む仲間として、新しい名護市政の中で一致団結していけるような行政をしていかなければならないと思います。それによって、名護市全体の発展が望めるはずです。

 一ヶ月以上にわたる長い選挙戦が終わり、ようやく名護の街にも穏やかな日々が戻って来ました。今までとても騒がしかったのが、突然静かになったので、どこか寂しくもあります。

 新たな歴史は始まったばかりです。これからの名護市、そして辺野古に注目していってください。
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by kohtaboy_gabihan | 2010-01-26 14:05 | 政治/ 行政

QAB 名護市長選特集

 期日前投票は、昨日の時点で8800票を超え、有権者の約2割が投票しました。島袋陣営は、街頭演説でも期日前投票を呼び掛けているようで、出口調査の結果では、島袋氏の方が有利な状況にありますが、まだまだわからないとのことです。

 QAB(琉球朝日放送)のホームページで、今回の名護市長選の特集が組まれていますから、ぜひご覧になってください。
 URL http://www.qab.co.jp/news/category/nago2010

 また、昨日紹介した宮城康博さんのブログでも、今回の名護市長選のことが鋭く書かれていますから、併せて読んでください。
 URL http://miyagi.no-blog.jp/

 一般の市長選挙は、経済や教育や福祉などが大きな争点となるはずなのに、基地問題に大きなスポットが当てられてしまうのは何とも皮肉なことです。でも、地元住民の意向はどうしても重要になってくるので、政府も注目せざるを得ません。

 やはり、13年も基地に苦しめられてきた人達のことを思うと、やっぱり基地反対の稲嶺さんに勝ってほしいと思います。

 このところ毎日選挙活動に関わり、いろんな情報が否応なしに耳に入ってくるので、精神的に疲れてきてしまいます。

 もう早く選挙おわってほしい。これ以上、名護市民、沖縄県民を振り回さないでほしい。

 これが今の本音です。
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by kohtaboy_gabihan | 2010-01-23 00:14 | 政治/ 行政

名護市長選挙

 いよいよ今週24日の日曜日に、名護市長選挙が実施されます!

 13年もの長い間、基地問題に振り回されてきた街の将来を決める、大変重要な選挙です。

 今回の市長選は、辺野古への新基地建設を押し進めてきた島袋吉和現名護市長と、新基地建設反対を主張する稲嶺進前名護市教育長との一騎打ちとなりました。したがって、どちらが市長になるかで、今後の辺野古の状況は大きく変わります。

 名護市では、1ヵ月以上も前から両陣営の街宣カーが走り回り、幟が街のあちこちに掲げられ、街は選挙一色になっています。年が明けてからはさらに活発になり、朝から晩まで選挙カーが大音量で走り、至る所で街頭演説が行われています。
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  ↑稲嶺進氏の選対本部

 今年の名護市長選を取り巻く環境は大きく変化しました。一番は、政権が交代したことです。沖縄で選出された議員全員が、辺野古への新基地建設に反対しています。

 さらに、2008年の沖縄県議会選挙で野党が過半数を占めたことも含め、辺野古の新基地建設反対の県民世論がとても強くなっています。この世論の流れの中で稲嶺氏が勝利すれば、新基地建設中止は決定的になると言えます。

 長年基地に翻弄されてきた名護市の世論も、やはり変わってきました。

 その一つは、辺野古地区に稲嶺氏の選挙事務所ができたことです。新基地建設を受け入れてきた辺野古区に反対派の事務所を置くというのは、過去3回行われてきた市長選でもできなかったことなのです。基地建設を容認してきた現地で、いよいよ反対の声が上がり始めたのです。

 さらに、今まで新基地建設の恩恵を受けるために賛成してきた土建業界の中からも、反対を言う人が出てきたというのも大きな変化です。

 僕も先週末から選挙活動に駆り出され、稲嶺進と書かれたプラカードを体の前後にぶら下げながら、自転車隊員として、ママチャリに乗りながら広報活動をしています。

 最初は、冷ややかな目で見られるんじゃないかと心配していましたが、意外にも市民の反応は良く、子供からお年寄りまでいろんな人達が手を振ってくれたり、応援の声をかけてくれたりします。過去の市長選に関わっていた人達からも、「今回の市長選は今までとは違う」という声が聞かれました。
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 こんな感じで走り回ってます。やはり最初は抵抗があったけど、意外に楽しい!!
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 稲嶺進さん本人も自転車で街中を巡りました。

 しかし・・・

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by kohtaboy_gabihan | 2010-01-22 00:32 | 政治/ 行政

辺野古の冬

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 沖縄の冬は、本土に比べたらかなり暖かいですが、曇りの日が多く、しとしとと雨が降ったり、風がビュービュー吹く日もあるので、気温は10度以上あっても寒く感じます。ここ数日は沖縄もぐっと冷え込み、僕は風邪をひいてしまいました。。。

 辺野古のテント村は海に面しているので、もっと寒く感じます。なので、冬になるとドラム缶を縦半分に切ったコンロを出してきて、そこで炭火を起こしながら暖を取ります。毛皮で覆われた座り込み犬ポチも、寒さに耐えられないようで、火の近くで丸くなっています。
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 今はテント村での座り込みですが、海上阻止行動が行われていた時は、冬の冷たい海に出て防衛局の作業を食い止めていました。漁師でもない一般市民が、冬の海に出て阻止活動をするというのは、想像もつかないほど過酷だったと思います。もし今作業を止めるために海に出なきゃいけないという状況になっても、自分ができるかどうかわかりません。相当な覚悟と勇気が必要だということは確かです。

 辺野古テント村での座り込みは、まもなく2100日を数えます。その長い月日には、冷たい潮風が吹きつけ、波が押し寄せてくる海に身を投げ出し、文字通り「命懸け」で「命を守った」日々が含まれていることを忘れてはいけません。

 13年もの長い間、辺野古の海に杭を一本も打たせることなく、海を守ってきたのだから、このまま辺野古の新基地建設計画は白紙撤回させるしかありません!

 来週末には、いよいよ名護市長選挙が行われます。今回の選挙は、全国で最も注目される市長選になると思います。この選挙で誰が選ばれるかで、辺野古を取り巻く状況は大きく変わってくるはずです。

 市長選のことについては、また近いうちに書きますので、楽しみにしていてください。

※市民メディア「News for the People in Japan(NPJ)」というサイトでは、国内外の様々な問題に関して、全国の新聞記事や一般市民からの記事を幅広く紹介しています。市民記者ニュースサイトの「JANJAN」と似たような感じです。基地問題に関する記事がたくさんあるので、是非覗いてみてください。

 NPJサイト http://www.news-pj.net/index.html
 
 JANJANサイト http://www.news.janjan.jp/index.php

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 寒さに身を丸くするポチの後ろ姿。どこか寂しげ(笑)
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by kohtaboy_gabihan | 2010-01-15 16:52 | 辺野古(へのこ)

基地と沖縄

 昨年2009年は、薩摩の琉球侵略から400年、明治政府による琉球処分から130年に当たる年でした。そのことに関する記事が、沖縄の新聞でも継続的に掲載されていました。

 新聞だけでなく、市民レベルにおいても、「薩摩の琉球支配から400年・日本国の琉球処分130年を問う会」が結成され、様々なテーマでシンポジウム・激論会が開かれました。

 そして一昨日、名護市でその第4回目のシンポジウムが開かれ、僕も参加してきました。テーマは、「辺野古の新基地建設は現在の琉球処分か?」というもので、3人の講師が招かれました。以下、3方の講演の内容を箇条書きします。

 一人目は、沖縄物産企業連合会長である宮城弘岩氏で、薩摩の琉球侵略以降の歴史を経済的側面から分析し、さらに米軍基地が現在の沖縄の経済に及ぼしている影響についての講演でした。

 ・薩摩侵略以降の度重なる通貨交換比率の改定が、琉球の貨幣価値の下落を招き、経済が疲弊していった。
 ・沖縄経済の低迷の原因は、「ものづくり」を軽視してきてしまったこと。

 ・3K産業(基地・公共事業・観光)は、沖縄の自立経済に貢献していない。

 ・本土資本のリゾートホテル・大型スーパーは、売り上げの多くを本土に持って行ってしまうため、沖縄にお金が落ちない。

 ・沖縄の基地を全部撤去して、沖縄の経済を成り立たせるためには、約9000億円規模の産業が必要。例えば、健康食品、医薬品、薬草、化粧品など・・・

 ・名護市に関して言えば、基地撤去の代わりに、約27億円規模の事業が必要。その額は、リゾートホテル3軒分を誘致する程度の額。

 二人目は、昨年『砂上の同盟』を出版し、米軍再編の真実を解き明かした、沖縄タイムス論説委員の屋良朝博氏で、講演内容は、在沖海兵隊のグアム移転の真実についてでした。

 ・グアム移転により、海兵隊の司令部が沖縄からグアムに移ったとしても、頭のない胴体は動かないので、沖縄に海兵隊がいる意義がなくなる。

 ・海兵隊の各部隊は、ローテーションで各国の基地を転々と移動するので、沖縄における米軍の存在意義は弱くなり、「抑止力」にもならない。

 ・現在の米軍では、ミサイルの高性能化や輸送力の向上により、基地がグアムではなく、アメリカ本土に移っても、運用上の問題はない。

 ・元々米軍再編によるグアム移転は米国内で持ち上がったものであるにも関わらず、それがいつの間にか普天間移設とリンクして、「沖縄の負担軽減」のためにという形で、日本側が6000億円もの移転費用を肩代わりすることになってしまった。

 ・軍の運用は、政治的判断によって決められる(シビリアン・コントロール)。その政治的判断を動かすのは、市民の力。海兵隊の移転は、2003年にラムズフェルド国防長官が沖縄を訪問した際における、稲嶺県知事(当時)からの強い要請と市民の抗議によって決められたという逸話があった。

 ・日本政府は米軍の「抑止力」を唱えているが、実際の「脅威」に対する具体的な説明はない。防衛白書にも、「脅威」についての具体的な言明はされていない。もし、具体的な国名などを挙げれば、相手国との間に溝ができる恐れがあるから。

続きはここをクリック
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by kohtaboy_gabihan | 2010-01-11 15:53 | 沖縄経済と基地

戦争を生き抜いたおばあの思い

 辺野古のテント村には、沖縄各地からおじい、おばあ達が定期的にやってきて、一緒に座り込みに参加しています。

 昨日は、月に1度来られる、うるま市のおばあ達がやってきて、戦争中サイパンにいたというおばあの話を聞きました。

 昔、沖縄からは多くの人が出稼ぎのために海外へ渡りました。そして、サイパンにも多くのウチナーンチュ(沖縄人)が移り住み、製糖工場で働いていたそうです。

 当時、サイパンには大きな製糖工場があり、そこで働いていた人達はそれなりに裕福な生活ができていたそうです。

 しかし、戦争の足音が近くなってくると、日本軍がやってきて、「大日本帝国を守る」という大義のもと、軍事基地を次々と造っていったそうです。

 そして、いざ戦争が始まると、サイパンは日本軍の基地があるために、集中的に狙われ、「爆弾が雨のように降ってきた」、と言っていました。

 食べるものも飲むものもなくなり、人々はさとうきびをかじって、飢えをしのいでいたそうです。しかし、それを知ったアメリカ軍は、さとうきびを燃やし始め、さらに苦しい思いをさせられたと、おばあは語っていました。

 昼間は出歩けないから防空壕に身を隠し、夜、外に出て飲み水を探していたそうです。泥水でしたが、それでも飲めるだけましだと思い、泥をよけて飲んでいたそうです。しかし、明るい時にその場所を訪れてみたら、そこには多くの死体が転がっていた、と言っていました。

 また、山に登って、そこから海を眺めたら、アメリカ軍の艦船が海を埋め尽くすほどあった、という話も聞きました。

 しかし、日本軍が戦争に負けたという話を聞いた後も、誰も日本軍が負けたのだと信じることはできなかったそうです。それだけ日本軍は強い軍隊だと思い込まされていたんだ、と言っていました。

 辺野古のきれいな海を眺めながら、おばあの話を聞いていると、「ほんとにそんなことがあったのか」、と思ってしまいますが、そうした戦争が、沖縄で訓練を積んだ兵士によって、他の国で今も行われていることを思うと、「やっぱり、基地はいらない!」と、強く感じます。

 そのおばあは、「サイパンは軍事基地があったから狙われたさー。だから、辺野古の基地建設にも反対するわけさー」と、辺野古の海を見つめながら言っていました。

 戦争を経験した世代の人達はだんだん少なくなっていますが、だからこそ、おじい、おばあの戦争体験の話を後世にしっかりと伝えて、戦争を知らない自分達が、戦争の実態を「想像力」で知るようにしなければ、戦争をなくしていくことは非常に難しいと、おばあの話を聞いて思いました。

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 毎月座り込みに参加してくれるおばあたち
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by kohtaboy_gabihan | 2010-01-08 22:00 | ウチナーとヤマト

不可解な日米関係

 普天間基地の「県外移設」を主張して政権を獲得した鳩山政権も、今や米国の脅しに腰が引けて、結局、「沖縄」も含めて移設先を探している有様。だから、政治家は信用できない。

 沖縄に基地を押しとどめておきたい人がよく使う、「日米関係の危機」とか「米軍の抑止力」などと言った紋切り型の言葉。僕たちは、こうした言葉の意味をよく考えもせずに、鵜呑みにしてしまっています。

 そうしたわかっているようで、実はわかっていない、という僕達の理解度の低さが、沖縄が60年以上も基地から解放されない現実を引き起こしているのです。

 そこで、おすすめの記事を紹介します。

 沖縄のことをもっと知ろうと勉強会などを開いている「ネオキの会」のブログで、沖縄国際大学の佐藤学教授による在沖海兵隊についての講演会の内容がアップされています。是非読んでみてください。

 ネオキの会ブログ 「海兵隊にさよならを」(←クリックすれば、リンクします)

 また、去年の11月に起きた読谷村での米兵によるひき逃げ事件は、容疑者がわかりながらも、日米地位協定の「厚い壁」によって、未だ身柄の引き渡しが実現されていません。ようやく最近になって、その容疑者の米兵を書類送検することになり、状況が少しずつ動き始めています。

 以下に記事を紹介します。こちらも是非目を通してください。

 沖縄タイムス 社説 『[読谷ひき逃げ]米兵捜査に新たな課題』

 琉球新報 社説 『地位協定の壁 人命を軽んじていないか』

 しかし、容疑者が米兵であるというだけのことで、日本の警察はなかなか手を出すことができず、いつまでも右往左往し、その間被害者やその家族らは苦しめられ、挙句の果てには、泣き寝入りさせられることもあるのです。

 それが、「対等な日米関係」だという政治家や官僚達は、人間味に欠けているとしか言いようがありません。

 「人命」よりも「国益」の方が大切なのか?「人命」は「国益」に含まれないのか?? 

 「命」を粗末に扱えば、自分達の「命」も同じように扱われるのだということを、彼らだけでなく、僕たち自身も肝に銘じておく必要があると思います。
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by kohtaboy_gabihan | 2010-01-06 13:46 | 普天間問題

2010年開幕!!

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 新年明けましておめでとうございます。

 上の写真は、辺野古の浜から撮った初日の出です。とてもきれいでした!!

 辺野古テント村の人々の元旦は朝早くから忙しいものでした。というのも、全国放送の番組で、全国各地からの初日の出中継があり、沖縄は辺野古からの中継だったのです。ご覧になった方はいますか?

 まずは、辺野古の浜でおじい、おばあ達による、新年のお祈りがあり、雲の切れ目から太陽が顔をのぞかせると、みんなの口から「おぉ!」という声が上がり、「こんなきれいな初日の出が見れたんだから、今年こそはこの基地問題も終わるぞ」、と言っていました。
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 そして、お祈りの撮影の後は、急いでテント村に行き、沖縄のおせち料理の中継が行われました。

 伊江島から届いたおせち料理には、昆布巻き、こんにゃく、三枚肉、かまぼこ、赤肉、揚げ豆腐等、おいしそうな料理がたくさん並んでいました。(当然のことながら、おいしかったです!) さらに、ドラム缶のコンロでは、炭火で鶏肉を焼きました。これも旨かった!!
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 撮影の後は、親戚と共に新年を過ごすために、みんなそれぞれの家に帰っていき、辺野古のテント村は、朝の9時だというのに、宴の後と言った感じになり、もう元旦が終わったように思いました(笑)。そして、いつもののどかな座り込みが始まりました。

 テント村の座り込み犬ポチも、大勢の人にかわいがられ、おせち料理を食べた後は、気持ちよく寝ていました。
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 お昼には、車エビの差し入れが届き、それを炭火で焼いて食べ、そしてお雑煮も頂きました。朝も昼も、おいしい料理を食べることができ、何とも贅沢な一日でした。

 なんだか食べ物の報告で終わってしまいましたが、今年も一人でも多くの人に沖縄の基地問題のことについて関心を持ってもらえるよう、現地からの報告を続けていきたいと思います。

 このブログを見てくださっているみなさんも、何か言いたいこと、知らせたいことなどがあったら、コメントやトラックバックを活用してください。みなさんの感想や考えを知ることができると、僕にとっても励みになります。

 今年こそは普天間移設問題が、「ベスト」な形で解決されるようにアクションを起こしていきたいと思います!
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by kohtaboy_gabihan | 2010-01-02 13:21 | 辺野古(へのこ)