海と山を結blog☆


山は海に流れ流れて、海は山に降りそそぐ。全てのいのちはめぐりめぐる。
by kohtaboy_gabihan
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憲法と安保
from 辺野古と高江に軍事基地は作ら..
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辺野古のテント村

 辺野古のテント村は、2004年に作られ、それから今まで休むことなく続き、座り込み日数は1900日を超えました。テント村ができる前は、辺野古のおじいやおばあたちが1997年に「命を守る会」を結成し、約8年間(2639日)活動してきました。その後は、ヘリ基地反対協議会が命を守る会の活動を支援する形で引き継ぎ、テント村の運営管理をしています。命を守る会の活動から数えると、辺野古の新基地建設反対運動は、現在まで約12年以上経過しています。

 テント村は朝8時から夕方16時まで毎日活動しています。海上阻止行動をしていた時は、朝5時頃から船を出したり、24時間体制で活動していた時期もあったそうです。

 辺野古のテント村には、常連メンバーや定期的に参加される人達、沖縄に来てから辺野古のことを知って訪れた人達など、様々な人達が座り込みに参加しています。年齢、職業、宗教も多種多様で、学校の先生、生徒から政治家、サラリーマン、主婦、フリーター、牧師、僧侶など、全国各地から、時には海外からも多くの人達が集まります。また、週に一度は辺野古のおじいやおばあたちがテント村に来て、うちなーぐち(沖縄の言葉)でゆんたく(おしゃべり)をします。このように、辺野古に行くたびにいろいろな人たちから話を聞けるので、とても面白く、また勉強にもなります。

 これ以外にも、日本各地から修学旅行生や労働組合員の人たちなどが訪れ、基地建設問題についての説明を聞いたり、実際に船で海に出て、建設予定地を見たりしていきます。辺野古を訪れる人はみんな、「このきれいな海に基地は作ってはいけない」という思いを抱いて、帰っていきます。辺野古にいると、今回の基地建設問題がいかに関心の高い問題かがよくわかります。

 辺野古のテント村の反対運動は、沖縄本島近くにある伊江島で、戦後米軍から強制的に奪われた自分たちの土地を取り戻すための闘いを引っ張ってきた阿波根昌鴻(あはごん しょうこう)さんの「完全非暴力」の精神を大切にしています。それはつまり、「弱さ」を武器にして闘うということです。

 海上阻止行動の時にも、防衛局の作業員から暴力的行為を受けても、こちらからは一切暴力は振るいませんでした。相手が大型船でやってきても、こちらは小型船やカヌーで立ち向かい、「大型船は小型船の通行を妨害してはいけない」という海上のルールを利用して、闘いました。「弱くても、たくさん集まれば強いものに立ち向かえる」ということを証明し、最終的に辺野古沖の海上基地建設を断念させることに成功しました。

 そのせいかわかりませんが、辺野古のテント村には女性の方がたくさん参加しています。たとえ、相手が体格のいい米兵や作業員であっても、知恵を絞れば、「弱さ」を武器にして闘うことができるのです。

 もし、辺野古のテント村の座り込みに興味をもったら、沖縄に来た時に一度立ち寄ってみてください。テント村までの行き方は、「辺野古浜通信」の左欄に書いてあります。

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辺野古のテント村。目の前にはきれいな海が広がっています。
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内部では、ジュゴンや海上阻止行動の時の写真などが展示されています。写真横には、千羽鶴ならぬ「千頭ジュゴン」が飾ってあります。
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テント村の座り込みは1900日以上続いています。
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by kohtaboy_gabihan | 2009-07-17 14:39 | テント村
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